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[budo]
会の発足と会報発行にあたって/事務局長 小林 缶一朗 この度、ドクターペッパー愛飲家の熱烈な要望にお応えして、正式に「ドクタ―ペッパ―倶楽部」を 発足することとなりました。 略称をILDP< I Love Dr.Pepper >と、何とも国連の一組織のようなものにいたしました。 しかしながらその責務は限りなく重大であり、いまや全世界注目のNGOでもあります。 苦節数十年、この日が来たことは、まことに喜びに耐えません。 インプットアルファ現代情報研究所の全面的協力の下、全国事務局の施設、会報であるメ―ルマガジンの 発行の準備も全て整いました。これでこの幸薄い、ドクタ―ペッパ―とその愛飲家の前途は、 多難ながらも洋々としたものになると、私どもは確信いたしております。 そもそも、あのドクターペッパーの美味しさが判らないこと自体、文明人としての資質に疑問が生まれます。 日本の文化と歴史の中に、劇的なほどのインパクトで、さながら黒船の如く、DPは上陸してきました。 黒船の場合は、四杯を必要としましたが、DPは最初の一口から、恐ろしいほどの濃度で 文明開化を知らしめることとなりました。 その分、激しい抵抗があったことは皆さんご存知の通りです。 今だ、この現代日本において、ドクターペッパーの魅惑を拒否し続ける無知なる人は多く、 愛飲家はいわれのない迫害を受けるに至っております。これは日本国民の行動としては、 まことに悲しく、恥じ入るべきです。そうではありませんか、諸君!? (演台を2度たたく) この度初代事務局長に就任するにあたり、私は皆様に、会として次のことを進めていくことをお約束いたします。 ひとつ、ドクタ―ペッパ―の美味しさの広報活動と啓蒙 ひとつ、つねに欲しいだけ入手できる流通ル―トの確保 もうひとつ、総理大臣にドクタ―ペッパ―を「美味しい」と言わしたるわい おほん、やや、熱が入り過激な発言がありましたが、この熱い思いから発せられたものでありますので、 なにとぞご了承ください。 ご静聴、誠にありがとうございました。 (ブドウ館での発足祝賀全国大会での講演より抜粋いたしました) [tanjo]
ドクターペッパーの誕生/広報部長 黒田瓶之介 ドクターペッパーの発売は1885年。コカコーラの誕生より早く、世界で最古の清涼飲料である。 そしてその起源には、とてもロマンチックな逸話が残されているのをご存じだろうか。 1871年、アメリカ・ヴァージニア州のある町。 ウエード・モリソンという若者がチャールス・ペッパーという医師が経営するドラッグストアに勤めていた。 ペッパーには一人の娘がいた。美しい娘の名はマリー。 彼女は医師のドラッグストアで、毎日楽しそうに働いていた。 客の殆どは彼女の笑顔に迎えられ、幸せになって帰っていった。 そしてモリソンは当然のように、運命に導かれ、マリーと恋に落ちていく。 しかし、ペッパー医師は、若すぎる二人の仲を認めようとはしなかったのだ。 ペッパー医師は二人を前にして言った。 「モリソン君、君に娘はやれない。君には(誰にも負けないといえる)情熱がないからだ」 哀しみの中、モリソンはヴァージニアを離れ、はるかテキサス州のウエイコに移っていく。 しかし、ヴァージニアではマリーがモリソンを信じて、待ち続けていた。 ペッパーは、マリーには幾度もこう言っていた。 「モリソン君をまっててやりなさい。彼は必ず戻る。必ずね」 春が去って夏が来た。彼は立ち直り、裏町で小さなドラッグストアを開店する。 休まず働き続けて、自分をいじめ抜くような毎日だった。 モリソンにはそうするしかなかったのだ。 そんな毎日でも、モリソンはウエイコに来てから、毎日考え続けていることがあった。 「他にはない素晴らしい飲み物があれば」きっと店を繁盛させることが出来る、と。 苦労は続いた。どうしてもうまくいかない。毎日大量のフレーバーが捨てられいく。 しかし挫折を知らない若者に、ある早朝、それは突然に生まれ出る。 涙が止まらない。やったよマリー・・・ しばらくしてチャールス・アルダートンが、出勤してきた。 かれはこの店の店員で、モリソンの唯一の理解者であった。 モリソンは出来たばかりの、ビーカー半分ほどの液体を、冷えた炭酸で割ってグラスに注いだ。 「チャールズ、できたよ」モリソンは彼にグラスを持たせた。 もうひとつ、モリソンはグラスに新しい飲み物を満たし、窓際のテーブルにおく。 黙ってチャールズがうなずく。 「彼女の分だね」 20種類のフルーツフレーバーを絶妙にブレンドした飲み物は、遠く離れたマリーの髪にも似た色だった。 程なく、その飲み物はウエイコ中で評判になるほど大ヒットする。 新しい飲み物を求める客で、店は繁盛した。 今や成功者になったモリソンであったが、マリーを忘れることはなかった。 モリソンは、たった一枚残った彼女の写真を、いつも肌身離さず持っていた。 モリソンは毎日写真を見ながらつぶやく。 まだダメだ。まだマリーを迎えに行く資格はないだろう。 だけど忘れるものか。待っててくれているのだろうか。マリー・・・ そんな気持ちを知ってか知らずか、ドラッグストアの常連客は、 モリソンの作った飲み物を、からかい半分に 「ドクターペッパー(ペッパー医師)」と呼びはじめていた。 注文を笑顔で受けるたびに、モリソンの心は哀しく揺れ動いてしまうのだった。 そして、草原を流れる風のように半年が過ぎ去る。 いつしかウエイコにおけるドクターペッパーの名声はヴァージニアのペッパー医師の元へも届き、 ついにモリソンはマリーと結婚することを許されたのであった。 モリソンはソーダ瓶の中に縁結びの天使を見いだしたのである。 その後モリソンは「ドクターペッパー」を全米の流通機構に乗せ、 世界の人に幸せを分け与えていくことになる。 何者にも負けない素晴らしい飲み物に、マリーの面影を乗せて・・ (語り継がれる伝説を元にアレンジしてみました) |
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