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素晴らしい人生のために/今日の応援歌
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[15] [16] [17] [18]   2000年 6月発行分    

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┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2000.06.07
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 15 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2000 Nov.15---

[暖かな心と暖かなスリッパ] ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀
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今日こそは断固として断ろう。老婦人は固く心に決めていました。
雪の降る中をこうして出てきたのも、その決意に動かされてのことです。
老婦人は慈善家として世に知られ、今までも何回となく、災害地や不幸な人達
にいくばくかの寄付をしたり、衣料を提供したりしていました。

然し今回ばかりは事情が違います。いかに恵まれない子供達のためとはいえ、先
祖伝来の土地を提供することは、どうにも断ち難い愛着があるのです。
しかも、その土地こそ今後の老婦人の大きな収入源として、直接生活に影響する
問題でもありました。

”どんなに懇願されても、今日こそはキッパリとお断りしなくては・・”
老婦人の足は思わず早くなりました。冷たい北風が吹き荒れ、傘をそれた雪が膝
元に容赦なく吹きつけます。やがて老婦人は、目指す慈善団体の古ぼけた事務所
の扉を押しました。
外から吹きこんだ雪が廊下に薄く散ってます。老婦人はスリッパを探しました。
その時です。「いらっしゃいませ」明るい声とともに現れた女子事務員は、一瞬
スリッパが出払っているのを見届けると、とっさに自分の履いていたスリッパを
少しの躊躇もなく脱いでそっと差し出したのです。

「失礼でございますが、これをどうぞ」女子事務員のストッキングは廊下の雪解
け水を吸って、みるみるうちに濡れていきます。
深い感動が老婦人を襲いました。老婦人はこの時初めて「与える」ということの
真の意味を知ったのです。

”慈善家と言われ、世人の感謝を浴びていた自分が、今までなしてきたことはな
んだったのか。自分にとって不用な古衣料、自分の生活に何の影響もない小遣い
からひねりだした少額の紙幣・・・・・、それは与えるというよりも、むしろ恵
みに近かったのではあるまいか。与えるということは、自分にとってもっとも大
切なものを与えてこそ初めて価値を持つのだ。”

すでに老婦人の気持ちは土地堤供へと大きく変わっていました。
「暖かなスリッパね」女子事務員は顔を赤らめました。
「ご免なさい。私が履いていたものですから」「いいえ、あなたの心がですよ」
そう言い残すと老婦人はいそいそと幹部室へと足を運ぶのでした。

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[16]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2000.06.14
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 16 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2000 Nov.16---

[異国語が作るもう一つの人生] 帝塚山学院大学教授 ジェフ バ―グランド先生
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今日は、文化や言語をどうやって身につけるか、又英語を第2公用語としょうか
という問題について話したいと思います。

以前話したように、文化の構造を分りやすく例えてみれば、丁度玉葱のようなも
ので、一番上が行動とか、物や、服装とかで、その下が常識で、更にその下、つ
まり中心が価値観です。
われわれが言語をどうやって身につけるかを考える時、それにピッタリの諺が日
本にあります。「三つ児の魂100まで」です。目から入った情報を神経細胞が
どうやって情報収集するネットワ―クとか、表面から脳まで伝わっていくプロセ
スなどを研究していくと、脳神経の細胞分裂は余りしないものです。大体3才位
までにでき上るものだそうです。

3才までに基本的な文化や、言葉を、無意識のうちに身につけるものです。日本
人は日本人、アメリカ人はアメリカ人としての基本的な構造ができ上ります。
ところが使っている細胞はわずか3%位です。大人になってから、別の細胞を使
っていろいろと覚えていくのです。

例としてさんまのことで考えて見ましょう。私はさんまが大好きです。独特のさ
んまを焼く匂いがしてくると、よだれがでそうになり、食べたくなってきます。

ところが私はアメリカの中西部で生まれ育って20年間、海を見たことが無かっ
たのです。東海岸にも西海岸にもそれぞれ2500キロというアメリカのど真ん
中です。鹿児島から北海道までで、2300キロです。私の20才までの文化で
は、魚といえば頭のないものしか見たことがなかったんです。ところが日本に来
て、さんまを初めて見た時、頭がついていて、目と目があってどきっとしました
。お箸を使ったのも初めてです。

さんまに関する情報収集はまず鼻で匂いをかぎ、目でみておいしそうだと処理し
て、脳に伝えて、食べるということになるのです。それが新しい習慣となるので
す。3才までにと先程言いましたが、新しいことは後から勉強するのは可能だが
、難しいと言えるでしょう。

日本人とアメリカ人とは歩き方から違うのです。アメリカ人は反っくり返る位に
背筋を伸ばして、靴の踵から地面につけて大股でさっさっと歩きます。一方日本
では鴨居の高さが大体1メ―タ78センチで、私は1メ―タ83センチなので、
そのまま歩くとゴツンと頭をぶっつけるし、しかもスリッパも前に吹っ飛びます
。だから少し前かがみで歩く習慣が身についてしまいました。
ところが毎年学生を連れて、アメリカに行くのですが、着いたとたんに変わるの
です。サッサッと歩くので、学生がびっくりするのです。無意識のうちに切り替
えているのです。私は飛行機の中で財布を日本用からアメリカ用と札入れも、小
銭入れもチェンジします。そこで気持ちを切り替えます。

悪く言えば、二重人格、良く言えば国際人と言えるでしょう。然しそう簡単では
ない。実際に常識や価値観が変わったとしたら、どうなるでしょう。
日本の第2公用語を英語にするということは、一番外を英語にするというのはい
いとして、その言葉で考える常識、価値観が変わったらどうなると思いますか。
新しい自分ができるのです。

私は英語の塾を開いてますが、「アナザ―ライフ イングリツシュスク―ル」と
いう名前です。もう一つの人生、もう一つの生き方の英語教室という意味です。
海外生活が長い人が日本に帰ってきてどうもうまくいかないということが、時々
ありますが、それはこんなところに原因があると思います。つまり常識や考え方
、価値観が変わってしまって、人間関係がうまくいかなくなったということです
。つまりその切り替えがまだできてないからです。何回も行ってるとだんだんそ
の切り替えが早くできるようになるのです。

親が子供のことを何でも決めるということも問題がありそうです。
私には3人息子がおりますが、私は無理に英語を教えていません。家内は日本人
ですし、日本で生まれ日本で育っているのですから、その国の言葉をという考え
からです。長男は小学校4年から英語を教えてますので、現在英語が3割、日本
語が7割というところです。次男は高校からアメリカの学校に行きましたので、
英語が6割で日本語が4割です。三男は余りやりたくないというので、英語が僅
かに5分で、後の9割5分が日本語です。私はそれでいいと思っている。

本当に英語が自分のものになったら、バイリンガルということで、就職に有利だ
ということがあるかも知れないが、親が無理に押しつけることではないと思いま
す。よくお母さん方が子供に、お母さんが着物も買わずに我慢して、あんたの為
を思って私立の学校に入れようとしてるのだからとか、ピアノの練習を無理やり
にやらせようとしたりしてますが、果たしてどうなんでしょうか。

私が子供なら、誰が産んでくれと言ったのかと言いたくなります。もう少し子供
の意志も尊重して、親が子供のことを考えてやるべきだと思います。

国の公用語ということは、国の常識、価値観が変わるという大それたことです。
言語と常識、価値観が変わるということは、そう軽い気持ちで考えることではな
く、私は止めた方がいいと思います。
同じ民族で使う言葉が違う場合、例えばインドなどでは700以上言葉があるの
で、裁判や契約書等で不都合になるので、英語を公用語とする必要があるが、日
本語の場合は古くから、全部それで通用するのですし、第一日本語の魅力として
あいまい語などかあります。どうもあいまい語というとマイナス的にとられてい
ますが、異文化コミュニケ―ションにとっては非常によいことなのです。余り白
、黒をはっきりさせるとかえってうまくないこともあるのです。その意味で世界
で一番異文化コミュニケ―ションに適しているのは日本語とも言われてます。
たとえばよろしくお願いたしますというのは、英語に訳すのが難しい言葉です。
強いて訳せば、これから一緒に商売をしてお互いに儲けましょうというように、
具体的にしか言えないでしょう。

結局、よろしくお願しますということは、よい人間関係を持ちましょうというこ
とになるわけです。

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[17]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2000.06.21
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 17 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
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ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2000 Nov.17---

5/27テレビ寺子屋 「水はいのちの恵み」 アグネスチャン氏
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5月も、もう終わりに近づき、これからいよいよ本格的な梅雨のシ―ズンに入ろ
うとしていますが、水の問題は良きにつけ悪しきにつけ、重要なことですが、日
本がいかに水に恵まれた国であるかを、しみじみ心から感謝したいと思います。
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かって、アメリカのスタンフォ―ド大学に留学していた時の、各家庭で一週間に
ドラム缶1本だけのごみに制限されていて、それ以上だとお金をださないと持っ
ていってくれないのです。その代わり箱が沢山あって、各種の物を分別して入れ
てあり、それはリサイクルに回されるのです。それは無料です。みんなで少しで
もごみをださないように努力しているのです。

私達の地球は太陽系の中で唯一の水の惑星です。宇宙飛行士も宇宙から見て「地
球は青かった」と言ってます。

地球の環境問題といえば、ごみやエネルギ―や、温暖化のことなど沢山あります
が、今日は水に焦点を合わせて考えていきたいと思います。
日本はとても水に恵まれた国です。

私は香港で生まれ育って17才の時、日本に来てから28年になりますが、当時
は本当に香港は水不足に悩んでいました。1997年までイギリスの植民地だっ
たので、中国とは門を閉ざしていた時代です。水は雨だけが頼りの状態でした。

雨が降らないと断水になるのです。しかも夏にそうなるので辛かったことがあり
ました。今は中国から水を買っていますが、24時間断水で12時間だけ給水と
かがしょっちゅうでした。それはまだいい方です。とにかく毎日水が来ないので
す。ひどい時は4日に1回、たった4時間だけしか水が来ないのです。

私の家族は両親、兄弟6人と親戚2人と犬と猫がいますので、4時間で溜めない
と大変です。その時は父親も仕事を休んで、一家総出で水を溜めるのに必死です
。1時間前から蛇口を開けて待ち構えています。当時のヒット商品は大きなビニ
―ルの袋でした。一杯溜めたらタンクみたいになって、それからパイプで小分け
できるようになっているのです。とにかく水は貴重品で、私は母親が水を捨てる
のを見たことはありません。野菜を洗った水は花にやる。風呂に使った水で洗濯
をする、そしてその水でトイレを流す。

毎日使う水は決められています。両親と、長男は夫々一人前の配給で、姉二人で
一人前、そして私と弟二人の三人で一人前という具合です。朝コップ一杯の水で
顔を洗うのですが、タオルの端を一寸濡らして、それで顔を拭くのです。それで
コップ半分位は無くなります。そして歯ブラシを濡らして歯磨き粉をつけて歯を
磨き、自分の唾を利用してペッペッと十分吐き出して、最後に一口水を口に含ん
で、クチュクチュとうがいをして仕上げです。

夜はたらい一杯のお湯で、三人でお風呂。順番が決まっていて、先ずタオルを今
度は十分に濡らして、それを絞って顔や体を拭く。次に手をよく洗う。その次が
お尻を洗う。最後に足を洗っておしまいです。ところが小さい弟達はいつも順番
を間違えて、顔より先に足だとかお尻を洗うので、喧嘩になったりしました。

初めて日本に来た時、びっくりしました。日本はとても水がいい。水の湧いてい
るところから、川になって海に至るまで、全部日本の中です。他の国は水源と最
後の所とは別の国ということが多いのです。だからダムを作るのも大変なのです
。いろいろと話し合いがないとなかなか実現しないのです。

又日本には温泉があり、暖かいお湯がこんこんと湧き出てくる。暖かい水という
意味の湯という文字があるのがすばらしい。中国語では湯というのはス―プとい
う意味です。日本にきて、湯という看板を見たので、ス―プを売ってると思って
飛びこんだら、スッポンポンの人がいて驚きました。
中国では湯は自然には無い。水に熱を加えて初めて湯になる。湯のことは熱水と
書く。ル―スイという。英語でも湯はない。Hot Waterやはり熱い水だ
。水と湯は違う。湯を冷ましたら、白湯という。水とは違うのだ。つまり日本に
は二種類の水がある。

日本では水がいいから、お刺身が食べられる。香港では生水が飲めない。だから
魚を洗って刺身にしたら、下痢をする。勿論、今は水も飲めるようになったが、
当時は生野菜もそのまま食べられない。必ず火を通す。皮をむいたキュウリや人
参だけが食べられる。日本ではリンゴを洗って切って、すぐ皮をむいて食べるけ
ど、中国では果肉は手で触れない。皮をむいて楊枝で食べる。皮をむける果物だ
け食べる。だからいちごやさくらんぼなどは食べたことがない。

飲める水があるということは、こんなに便利で病気もしない。今でも世界で一年
に1200万人から1400万人という5才未満の子供が死んでいます。水が悪
いと下痢をしたり、病気になる。いい井戸があると病気が減る。
生命をつないでくれるものは水だ。

日本に来て、最初に社長の家でお風呂に案内されました。ところがそれがとても
深くて、胸までお湯があるのです。私は嬉しくなつて何年分の垢を落とすように
一生懸命に洗って、さっぱりして、お湯も落として、奇麗に掃除して上がってき
ました。ところが次に入った社長さんがやがてタオルを腰に巻いて、飛び出して
きて、「誰だ、風呂の湯を抜いたのは」と怒鳴りました。私は外で洗って、上が
り湯を使って、それから浴槽の中でゆっくりと暖まるということを知らなかった
のです。

世界でお風呂に毎日入れるのは10分の1位のものです。日本は殆ど毎日入る
ことができる。とても恵まれていると思う。
水は長い歴史の中で非常に重要なものだ。水害を無くし、水を制する者はリ―ダ
―になる資格がある。治水制天下という言葉がある位だ。水に負けたら皆に見放
される。去年中国の江沢民国家主席が日本に来る予定になってたのだが、中国で
大洪水が起こり、何十万の人が死にました。そのことがあったので来日予定を変
更したのです。もしみんなが水で困っている時に、リ―ダ―が国を離れたら、国
民から信用を失ってしまうからです。中国では「水はお金だ。財産だ」という言
葉があります。水を大事にしている。漢方や中国医学ではみずと空気を非常に大
事にしております。人間の体内の70%は水分です。いい水と空気をいいバラン
スで保つのが健康の秘訣です。それを研究する学問が風水です。風は空気のこと
です。
よい環境を守るということは、自分だけでなく、子供や子孫までの幸せにつなが
ることです。日本の大切な水をこれからも保ちたいとこれからも努力していこう
ではありませんか。

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┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2000.06.21
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 18 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2000 Nov.18---

6/10(土)テレビ寺子屋 「えっ、なぜよい子が」教育評論家 尾木直樹先生
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皆さん、こんにちは
連日残酷な事件が相次いで起きていますが、とりわけ信じられないような少年犯
罪が目立ちます。折しもその道の権威の尾木先生のお話がありましたので、ご紹
介します。 中村 豊秀

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今年の4,5月と連続して大変な事件が相次いで起こってます。愛知県でのおば
あちゃんの殺害事件。子供の日の目前に起きた佐賀のバスジャック殺人事件と、
いずれも17才の少年によるショッキングな事件です。
今日はそんなところの背景を分析して、何が教訓になるか、教育にとってどうし
なければいけないかということを中心にしてご一緒に考えてみたい。

この二人の17才の少年の一番大きな特徴は何だろうと思いますか。それは二つ
とも良い子が起こした事件というのが、キ―ワ―ドになってるということです。

では、良い子とは一体どういう子のことを指しているのだろうか。
一般に、1.人柄がいい子 2.勉強ができる子 3.人柄がよくて勉強ができ
る子と思われているが、案外本音としては、兎に角勉強ができてほしいと思って
いる父兄が多いのではないだろうか。なぜそう思うのか、自分の気持ちをよく解
きほぐして考えてみてほしい。

ところで上記の問題の少年達は、勉強ができた子と言われている。現にそれは事
実のようです。

10年ほど前に、果たして勉強ができた子が殺人のような大変な事件を起こした
ことがあっただろうか。殆どなかったと言っていいのではないだろうか。恐らく
皆さんの記憶にも無いのではないでしょうか。30年間教育の現場に携わってき
た私にもその記憶はありません。
戦後の少年の非行のひどかった時と言われているのは、1980年初頭、特に1
983年が一番荒れてた。文部省や警察庁で非行の第三次ピ―ク期といわれてい
る。ところで17才の子が生まれた年はいつだと思いますか。この1983年で
す。何か不思議な因縁を感じます。

ここで一寸戦後の少年非行の歴史を探ってみよう。
第一次が1951年
第二次が1964年(東京オリンピックがあった年)
第三次が1983年
第四次が1996年から現在にかけて登り続けている。

そして第一次から第三次までの特徴は、
1.非行の子を特定できた。勉強ができない子。落ちこぼれの子。成績が悪くて
高校に行けなくてストレスがあった子。家庭の事情が複雑で親の愛情が少な
くて、万引きをしたりする。一言で言えば、ハンディを背負っているのだ。
これは半面から言えば、ケアが可能だということだ。勉強ができるようにフ
ォロ―することや、愛情をそそぐとか手を打つことができた。防止できた。
2.段階を追って非行に堕ちていった。その過程が読める。家出をして、喧嘩や
乱暴をして警察に捕まり、いつしか少年院に入っていたという具合だ。

ところが93,4年あたりから、どうもおかしいと思われてきた。われわれ教育
者仲間で”新しい荒れ”と言われるようになった大きな変化が起きてきた。
1.特定できなくなってきた。ハンディが感じられないごく普通の子だ。どうし
てこんな子がと思われるような子が非行に走るようになつた。
2.段階を踏まない。突発的にある日突然に起きるようになってきた。

1998年にごく普通の子が突然切れて、その結果、兇悪な犯罪を犯すというこ
とが起きるようになった。例えば1月下旬、黒磯の英語の女性の先生が中学生に
ナイフで刺し殺されるという事件が起きた。それからバタフライナイフによる犯
罪が多発した。今は取締りで大分沈静化してきたが。

更に1999年から2000年になると、普通の子がよい子、そして勉強のでき
る子に切り変わってきた。これは恐ろしいほどの変化と言っていいだろう。
そしてこれは少年のみならず21才、36才の大人にまで及ぼし、中高校時代ト
ップクラスで、しかもいい大学をよい成績で出たエリ―ト達が兇悪犯罪を犯すよ
うになってきた。どこかの警察本部長や、いわゆるキャリャ組と稱される人達に
よる不祥事件が頻発するようになった。

そもそも人間が犯罪を犯すというのは、苦しいとか、無知であるとか、幼稚とか
何かがあるからだ。恵まれない人が苦しいのはわかる。勉強ができない子にとっ
ては6時間も机の前に座るのは苦痛だ。勉強ができる子は苦しくない。然しその
できる子が事件を起こすのはなぜか。ところが、できるのが苦しいから今事件を
起こすのだ。成績がいいから事件を起こす。なぜか、一見矛盾するようだが、理
由がある。

昔は成績が悪ければ、一生懸命努力してよい成績を取ろうとした。そしてよい成
績が取れたら、良い学校に行けるし、よい会社に入れて出世できるという夢と希
望があった。今は勉強だけに打ち込んで暗いし、お宅と言われ、運動もできずに
馬鹿にされても、勉強ができればいじめられないし、今に見ておれという気で頑
張ってきた。いじめから脱出するのには、勉強ができる子になればよかったので
す。

でも今は犯罪を犯した子を見ると、勉強ができてもいじめられている。従って現
在の子にとっては、勉強ができてなんぼのものかという考え方になってきた。
それに引き換え、その両親達は学歴万能時代を過ごしてきた。今の子は親の思っ
ている成績のいいことに対する価値観と違ってきている。
いくら成績が良くても、就職難で仕事につけない。いい会社に入ろうと思っても
、第一その会社がリストラをしたり、潰れたり、トップが不祥事件を起こしたり
してる。金融事件が起きたり、親が失業して元気がない。それなら何も勉強がで
きなくてもいいじゃないかと思うようになってきた。

1991年にバブルが崩壊して、土地が下がったりしたのと同じように、勉強が
できるということの価値観も同じように無くなった。一緒に崩れ去ったといって
いいだろう。だから、成績がよくてもいじめられないという何の保証もない。

先生の前で良い子を演じ、お母さんの前でも良い子を演じなければいけない。
思春期というのは、反抗期でもある。うるさいな、クソババァと言いながら一人
前に心が発達していい高校生になれるのだが、いつも良い子を演じてばかりで、
それがやれないので、そのストレスを発散することがない。

内申書制度があるので、人柄についてお年よりに優しくしなければいけないとか
親に挨拶をよくしなければと、規制が多くなる。ところが満足な思春期を送って
いないからうまくいかない。

さてではその子供達にたいして、未然に犯罪を防ぐにはどうしたらいいのだろう
か。2000年代は勉強ができるというよりも、その時の子供のプレツシャ―を
頭において、絶望に陥らないように人間形成を考えていくことに切り替えていか
なければいけない。子供と心を通わしていかなければ、なかなかこの問題は簡単
に解決できない。

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IA magazine 素晴らしい人生のために 毎週水曜日発行(週刊誌) No.18

発行■インプットアルファ http://www.futaba.ne.jp/~ko-ko/index.html
責任■小林 高一 ko-ko@futaba.ne.jp
執筆■ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀 LDJ04070@nifty.ne.jp
配信■まぐまぐ 0000026706 http://www.mag2.com/

Copyright(C) 2000 Toyohide Nakamura All rights reserved. 無断転載禁止
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