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素晴らしい人生のために/今日の応援歌
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┠●┼┨ 発行/2000.07.05
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 20 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2000 Nov.20---

6/17(土)テレビ寺子屋 「危機管理について」
東京家政大学教授 樋口恵子先生
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最近考えられない残虐な事件が相次いで起きています。
猟奇的な事件というのは、昔からときたま起こることはあったのですが、どうも
最近のを見てますと、大変わかりにくいものが多くなってきたように思う。昔の
事件はこういう恨みがあるのなら、犯人の気持ちも心情的にはわかるなあという
のがあったようだが、最近のそれは、なぜこんなことになるのだろうかというの
が、非常に多い。わかりにくいというのも二つあって、一つはやった本人の心の
動きもわからないし、同時にうすうす感じている回りの人も、そんなに大ごとと
感じていない面が有るのではないでしょうか。余計怖いことだと思います。

それをうっかりしたら、又もしかしたら私に関係してくるかも知れないので、今
日は「わが家の危機管理」ということについてお話ししたいと思います。

小淵前総理が倒れた時、その報道のあり方についていろいろと取りざたされまし
だ、一応それは別にして、抱負半ばにして前総理が倒れたあと万一の時の代わり
が決まってなかったということを聞いてびっくりしました。副総理とか官房長官
とか決まっていると思ってました。アメリカでは大統領に不慮のできごとがあっ
たら、直ちに副大統領以下、17番目まで順番が決まっているそうです。

大事な国の責任者の後継者に関しては、きちんと規定があるべきだと思います。
個人の家だって、自分の家族や身の回りについても有ってはいけないことではあ
るが、突然病気で倒れる、入院ということも当然起こり得ることである。
ふだんは自分で貯金をしているが、お互い家族は余り立ち入らないものだ。

家族にも二通りあって、夫婦それぞれに仕事を持っていて、ある部分は一緒に生
活している独立型タイプと、もう一つは奥さんは家計の責任を持ってやりくりし
て、夫は経営や借金の悩みやその他もあるかも知れないが、それについては何も
知らせない。奥さんもそれに満足している。あるいは夫と妻が逆の場合もある。
とにかく、一方が資産の形成から、運営、管理を独りでやっていて、ある日それ
がパタッと倒れてしまうということもある。

実は前者の例はわが家のことでもあるのです。夫が4年前あっという間に脳梗塞
で倒れました。最初のうちは意識が少しありましたが、問いかけても首を上下に
うなずいてYes、Noを示すだけで、言葉は全然きけないという状態に数時間
のうちに陥ってしまいました。お互いに協同してやることは別にして、仕事はそ
れぞれ別個に持ってやっておりました。さて倒れてみますと、夫の預金通帳がど
こにあるのか、判らないので、それを聞いたのですが答えられないのです。「引
き出し?」と聞くとうなづく。寝室?動かない、書斎と聞くとうなづく。右?う
なづく、左?と聞くと動かない。万事その調子です。いろいろと探したがどうし
ても見つからない。

勿論、私にも多少はお金があったので、当座はまあそれで済んだのですが、集中
治療室に入れられてそれが長く続く。個室に入り、すぐ回復の見込みはないが、
命は取りとめて、いわゆる安定下降の状態になりました。
3,4か月たって、彼の部屋がそのままになっていたので、片づけ始めました。
山積みになっていた本を整理しておりましたら、何と本箱の一番下に引き出しが
あるではありませんか。それを開けて見ましたら、そこに通帳がありました。枯
れ葉の下のマツタケのようなもので、それまで全然わかりませんでした。
つまり、本箱とか、机だとか簡単な言葉一つが突然発することができなくなると
いうこともあり得るということです。

後者の方は古風なお任せ型の実例ですが、ご主人がある日突然、パタッと亡くな
ってしまいました。忽ち相続税の問題が起きました。家はあるし、手広く仕事を
してましたし、預金や株式もある筈ですが、どこを探しても300万の普通預金
通帳が1冊あるだけでした。これだけだと葬式費用にもなりません。

あってはならないことだけど、よほど信頼できる人にやはり話しておくべきだと
思います。

もう一組のケ―スとしては、ある夫婦でお互いに頑張っていたのですが、やはり
ご主人が倒れました。奥さんから相談を受けて、私は遺言状を作るお手伝いをし
ました。やがて6年目に再び倒れて、それっきり亡くなりましたが、きめ細かく
遺言状に書かれてましたので、慌てることもなく、スム―ズに処理することがで
きて、その奥さんから感謝されたことがあります。
信頼できる関係にはこうしてほしいと思います。

普通は倒れたら言おう。具合が悪くなり、手術でもして、だんだん衰えて立てな
くなってから言おう、と思うものです。その気持ちは判らなくはないが、あれよ
、あれよという間に意志が伝えられなくなるということもあるのだ。さりとて余
り早く奥さんに何もかも言ってしまって、余計なことを言われては困るというこ
ともあるかも知れない。複数の人に同じことを言っておいたほうがいい。

話は突然変わりますが、今、日本の危機管理がおかしくなっていると思います。
新潟の少女監禁事件にしても、どうして、警察幹部が綱紀粛清の為に調査に行っ
ていて、温泉につかって、宴会をしてマ―ジャンをしているのでしょう。かりに
そこまでは過ちを犯していたとしても、長年不明だった事件のに関係あることが
通報された時、1メ―タ―ほど、飛び上がって、すぐ駆けつけるということをし
なかったのでしょうか。スワ、一大事という何か感度が磨滅している。センサ―
が狂ってるような気がする。国や社会全体がずるずるずると崩れていってるよう
な気がする。感性が鈍っているような気がする。

ある意味で職場魂があり過ぎたのではないでしょうか。現在はお酒を飲んだり、
温泉に入ったりしても、まして接待マ―ジャンなどは、正直言って、そう楽しい
ものではないでしょう。部下と上司の関係では、上司に逆らうことができない。
スワ、一大事と言う時は、部下も上司に忠告して、さあ行きましょうと言うべき
だったのではないでしょうか。

感度が鈍る理由としては、
1.目先や身の回りの利害得失にかかわる人間関係にとらわれて、外が崩れると
何も見えなくなって駄目になる。
2.この位のことはみんなもやっている。
3.お金で解決できる。社会を含めた危機に対する生物的なカンが鈍ってなって
いる。

だからこそ、良いことか悪いことかを認識する基本的なことを教えていくべきだ
と思います。

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┠●┼┨ 発行/2000.07.12
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 21 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
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ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2000 Nov.21---

6/24(土)テレビ寺子屋 「子育ては地域づくりから」
教育評論家 尾木直樹先生
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全国の皆さん、こんにちは 中村 豊秀です。

又々17才の少年の金属バット事件というのが起きて、現在未解決ですが、関連し
た講演がありましたので、ご参考にと思いUPしました。本当にそうだなあ、何
とかならないものだろうか。よい人間関係をつくる話し方を、少しでも多くの人
に判ってもらいたいと真剣に考えている私にとって、全く同感という思いで一杯
です。ご感想お聞かせいただければ嬉しいです。
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「子育ては地域づくりから」 教育評論家 尾木直樹先生

この4月にアメリカ、カナダと視察してきました。アメリカでは、91年頃から
チャ―タ―スク―ルといって、母親たちが中心になって学校を作り、それに市の
教育委員会が金を出して運営している学校がすでに1700位ある。民間が運営
して金は公立というわけだ。いろんな願いやコンセプトはさまざまだ。国の度量
が大きいと感じました。日本とは大分違うと思った。

このところ相変わらず事件が連続して起きているが、みんながそうかというと、
そうではない。ただだからといって無視していいというのではなく、わが家の子
供と共通しているところがあったりするかも知れないと、引いたり、拡大したり
、密着したりと考えてみることが大事だと思う。

今日は先日の名古屋の5000万円の恐喝事件をとって、考えてみたい。ここに
は地域のあり方の問題、地域のないところには、子育ても、学校の先生がいくら
躍起になっても機能しないので、これからの方向性の中で地域づくりということ
について話を進めていきたいと思う。

私は最初に5000万円の恐喝事件のことを知った時に、金額に驚いたのではな
いでしょうか。私は5000円かと、万を落として新聞を読んでいて、5000
万円と判ってびっくりした。それを納得するのにかなり時間がかかった。自分の
家にない金額だから考えられなかったのだ。だから取られようがないのですから
ね。おそらく皆さんもそうではないでしょうか。30年間教育に関わってきまし
たが、過去そのたぐいの事件で、一番大きな金額は2500万でした。80年代
に起きたのだが、この時もすごく驚きました。然し全然今度のとは、構造が違う
のです。2500万集めたのはたった一人で、被害者は何百人なのです。多くの
番長にそれぞれの中学校から2万、5万とか、一人百円とか千円とか集めて、上
納金として収めさせて、家一軒買えるくらいの金を集めたのです。

つまり前回は一人が何百人から恐喝したのだか、今回のは被害者が一人で500
0万円もの金をとられて、加害者は10人たらずで恐喝したのだ。これは従来の
経験からみて、有り得ないことなのだ。

なぜかというと、学校で恐喝事件というのは、たしかに今までもあったのは事実
だが、ところがなぜ5000万円にならないのかというと、5万とか、2千円と
かまだ途中で親や教師が気がついたケ―スが多かった。いろんなネットワ―クを
通して、すぐに大人が関わるのです。下級生からおどしているとか聞いたけど、
どうなんだとか先生が注意したりして、比較的早く解決することが多かった。金
額が多いのは20万50万とかはあったのだが、大抵はそのクラスのことでスト
ップできたのです。それが私の常識でした。だから5000万なんて、どうして
も納得できなかったのです。

今回の事件の発端は、少年が銀行で50万円をおろして、10何万を第一回渡し
た。銀行の窓口の行員が中学生がおかしいと気がついて、家に連絡した。母親は
割に初期の時点で知ったのだ。そこで学校や警察や、専門の機関に相談したのだ
が、それがことごとく結果的にうまく機能しなかったのだ。

なんで言われるままに金を渡したのかと非難の声があるが、慎重に母親の立場に
なって考えてみると、気持ちの上で母と子供は一体になっていたのだ。父親がい
ないし、私がこの子供を守るしかないと何十万と貯金をおろした。100万要求
された時に、母親は120万渡したそうです。親心として、2割も多く渡したら
、これでもう恐喝は止めてくれると思ったのです。
自分の子供が暴力でボコボコにやられるのを見て、必死になって工面したその結
果が5000万円になったのです。精神的にも追い詰められたのです。

大河内清輝君という6年前に名古屋で自殺した子供のお父さんと、テレビでお話
をしましたが、「114万取られて、もう払う金が無くなったから死にますと遺
書を書いて、子供が自殺したのを救えなかった。あのお母さんは5000万円で
自分の子供を救うことができた。親がわが子を守るのは当たり前だ。もし一銭も
ないと言ったら、あの子も自殺していただろう」と言って擁護しておられました
。事実あの親子も、母子で一緒に死のうと思っていたと言ってました。

警察も学校も、誰も当てにならない。それで尚且つ頑張れといっても、それは無
理だ。あの母親には全く非がなかったと思う。

では問題はどこにあるか。学校も警察も動いてくれなかった。警察にも言い分が
あるだろう。児童相談所の職員と話をした時に、一体どんな相談が持もち込まれ
るのか聞いたことがあるが、「高一の娘だが、茶髪を止めさせるにはどうしたら
いいか」「ピアスで困っている」「言葉使いが悪いので困る」「携帯電話の料金
が1万もかかる」とかこんなことばかりだそうです。
はっきり言って、こんなことは私達の地域社会がしっかりしていたら、ス―パ―
帰りの立ち話でも解決できることだ。はっきり言って、殆どが友達同志の愚痴話
といってもいいような中身だ。

警察に持ち込まれるのも、殆ど似たようなことが多いという。警察ばかり非難す
るわけにもいかない。もし警察をもっと増やしたりすると、警察国家になって暗
い日本になるかも知れない。何が大事かというとしっかりとネットワ―クができ
ていたら、クリヤ―できる問題なのです。

カラオケに行ったり、食事に行ったりしている中に彼等も被害者を含めて、一緒
にいたのです。だがそこを全部すり抜けていたのです。
500メ―トルの所をタクシ―に乗って学校に来る。東京までタクシ―でとか、
テレビの報道陣がマイクを向けると「いや―、おかしいと思った」と言う。

新潟の柏崎での9年2か月の少女監禁事件にしても、みんな、「おかしかったで
すよ」と言う。「あそこのお母さんもすごく苦しがってましたよ。家庭内暴力も
ひどくて、家の中に入れて貰えなくて、車の中で寝てたこともあるんですよ」ガ
ラス屋さんも「ガラスを替えに行ったが、ひどかったですよ」と言う。みんなよ
く近所の人は知っていた。そうしたらよっぽど辛い思いをしてるのだなとイメ―
ジできる筈です。

なのに、一緒に保健所に行きましょうかとか、カウンセラ―を紹介しましょうか
とか、一歩突っ込んではいない。どの事件をみてもみんなそうなんです。なぜで
しょう。

私もここへ来る時、高校生が携帯をピ―ピ―鳴らして、大声で話していると、ム
ッとするが、だけどその時注意ができない。もし自分の勤務する高校のバッジを
つけてる生徒ならできる。つまり何か繋がりがあると言えるのだ。繋がりがない
とそう簡単に言えない。一歩踏み出せないのだ。皆さんもそうでしょう。

地域の人間関係が薄くなっている。そんな中ではお母さんがどんなに頑張っても
、親としての力を発揮することができない。学校の先生が必死になってやっても
、地域づくりができてなければ、子育てとか教育ということが機能不全に陥る。
つまり親が親することができない。先生が先生することができない。

これまでの事件を振りかえってみても、全部同じだ。誰を攻めるわけにもいかな
い。犯人が誰だと言えない事態だと思う。責任をとるとするならば、私達一人一
人がみんな生き方を見つめ直さなければいけない。

1950年以降高度成長でみんなぐうっと伸びてきた。みんな会社に行くように
なってきた。それはそれとしていいことだが、家に帰って来たら、地域の一員と
して、やっていかなければいけないのに、それを忘れていたと思う。

外国は地域づくりがしっかりとできている。会社でもしっかりやりながら、地域
づくりもしっかりやっている。地域のだれだれとしてやっている。
カナダのトロントではファミリィサポ―トセンタ―というのがあったりしている
。みんなで子供のことを中心としたネットワ―クをはりめぐらしている。

日本はそれを忘れていたと思う。もう一回原点に立ち戻って子供のためにネット
を作っていきたいと思います。あれっと思っても、引いてしまって言えない。
子供の事件のことを見ていると、私達大人の社会の生き方のおかしさの問題だ。

外国はみんな移民で、いろんな民族が集まっているから、違って当たり前、トラ
ブルが起きるのが当たり前という状態で、コミュニケ―ションがとれなくて当た
り前だという前提で、開き直って地域づくりをやっている。

ところが日本では昔から農耕民族だから、みんなが力を合わせて当たり前と思っ
てきているから、壊れているとわかっていてもピンチに陥ってるという自覚が遅
れていると思う。みんなの工夫で何とかよい地域づくりをしていきたいものです


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[22]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2000.07.19
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 22 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2000 Nov.22---
7/1(土) テレビ寺子屋「手紙」 森と海の学校 理事長 岡村 精二先生
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私は22年前単独でヨットで太平洋横断したのですが、それ以来リクレ―ション
活動をしながらやってきました。そして子供達に過去の体験を通じて人間の器を
作るのだと、キャンプや40キロを歩かしたりしたりしております。

私は18才から24才まで、オヤジとは口をきいたことがなかった。口をきいた
らすぐ喧嘩になってました。皆さんももし子供が太平洋横断をやりたいと言った
ら、何とお答えになるでしょう。夕食を母としている時でも、オヤジが帰ってき
たらそのまま裏口から逃げ出したりしたことがあります。いよいよ明日太平洋横
断に出発という日の夜、母が心づくしのご馳走をしてくれたのですが、私はボソ
ボソと黙って食べてましたし、オヤジも黙って酒をチビチビと飲んでいるだけで
す。何の会話もなく味気ない別れの宴でした。そこへ岡谷君という友人が訪ねて
きてくれたので、これ幸いと船まで送ってもらいました。

翌朝、宇部港に500人近くの見送りの人に混ざって、オヤジの姿がありました
。いよいよ最後になり、私はオヤジに「行ってきます」と言って握手をしたので
すが、とうとうオヤジは一言も言わずに黙って握手をしただけでした。

出航して半日たってから、母が作ってくれた三段の重箱の弁当を食べようとして
蓋を取ったら、一枚のメモ用紙にボ―ルペンで「頑張れ、母」と書かれてました
。涙がドット出ました。そしてもしやと思ってもう一段を開けてみたら、そこに
やはりもう一枚のメモ用紙が出てきました。そこには「生きて帰れ、父」と書か
れてました。又々ドッと涙が溢れて止まらなくなりました。

すぐお礼の気持ちを伝えようとしたのですが、何しろ6メ―タのヨツトには無線
器がありません。早速ビニ―ル袋に入れて、壁に貼ってたのですが、何しろ見る
度に涙が出てくるので、一週間位経ってはずして今は大事にしまっております。
私にとってこれ以上の宝物はありません。

一昨年ヨットを防府天満宮に寄贈することになりましたので、いろいろと当時の
物を整理してましたら、それが出てきたのです。ああ懐かしいなあと思って並べ
て見てましたら、ふと気がついたことがあるのです。2枚とも同じ筆跡です。し
かもオヤジの筆跡です。あとでオヤジに聞いてみたら、「ああ、俺が書いて母さ
んに入れておけと言ったのだ」と言いました。19年経って初めてそのことに気
がついた私は何という情けないやつだと思いました。

今中三の男の子がいますが、もしこの子が、太平洋横断をやりたいと言ったらど
うするだろうと思ったら、あの時の両親がどんな思いをしてただろうと考えます
と堪らなくなります。自分が親になって初めて親の気持ちがわかるのだなとしみ
じみ思います。だから親が小学生の子供に向かって、親の気持ちがわからないの
かと言ってもそれは無理です。

この感動を今の子供に伝えてやりたいと思います。電話と違って手紙は思いの深
さが違うと思います。10分間書く時は、10分間相手のことを思っているでは
ありませんか。生き方を教えるというのは、なかなか大変なものです。

私は春休みにジュニア洋上スク―ルといって沖縄に行くのと、夏休みには北京ま
で行くのと二通りの訓練コ―スを開催しておりますが、毎年沢山の子供達が参加
してます。その4日目に両親からお手紙を貰うことにしてあるのです。子供達に
は内証です。いろんな子供に対する親の思いをなんでもいいから書いて下さいと
あらかじめお願いしてます。さて三日目からチェックして、もし来なかったらど
うしょうと気が気でなりません。まだなら電話してFAXで送ってもらうことも
あります。

3,4日目というと子供達は船酔いしたり、友達と喧嘩したり、なかなか人間関
係がうまくいかなかったりして、最低の条件なのです。そして夜9時頃大きな部
屋にみんなを集めて最初の10分間位、自分自身の手紙を貰った経験などを話し
合いさせます。その後、今日は思いがけなく君達のご両親からお手紙が来ている
から、今から名前を呼ぶから取りにくるようにと言って順番に呼んでいきます。
子供達は大抵の者が、自分には来ていないと思っているのです。なぜかというと
ほとんどが出発前に親と喧嘩をしたり、日頃逆らってばかりしているからです。

そこで名前を呼ばれた時から、もう泣きだす子供がいます。特に一番最後の子供
はもう駄目かと諦めていたので、ワァッと大泣きです。懐中電灯を渡して部屋一
杯に散らばって、10分間何度でもよく読みなさいと言いますと、封も切らずに
じっと涙を一杯溜めている子や、小一の子供などはふるえながら夢中になって読
んでいます。みんな見てご覧、名前の下に様と書いてあるだろう。今までに様と
書かれたことがあるか。小一から高三までの子供達の中で真っ先に泣くのは中高
生です。ふだんの行いが悪いので、余計に感激して泣くのです。親子の断絶があ
るほどナくのです。

この洋上セミナ―に毎回参加してる子供も何人かいます。最高は8回参加してる
子供がいる。それが言わなきゃいいのに、わざわざ前日にみんなの部屋を回って
、明日手紙がくるぞと教える子供もいる。その子が真っ先に何回貰っても嬉しく
て泣いているのです。

ある女の子供が大泣きになりながら読んでいるので、見せてもらってもいいかと
断って読ませてもらったら、その子の母親は少し前に離婚して、母と娘の二人で
生活しているのです。「あなたに迷惑をかけてごめんなさいね。私が不甲斐なく
てお父さんと別れて、あなたに寂しい思いをさせてごめんなさいね。夜の仕事に
出るようになってあなたとゆっくり話すこともできなくなりましたが、終わって
夜中に帰ってくると、いつも階段の所にあなたが、今日一日こんなことがあった
と詳しく書いてくれている手紙を読んで泣いてます。本当に有難う」と書いてあ
りました。私も傍にいて一緒に泣いてしまいました。その位手紙というものはお
互いの心が伝い合うものだと思います。ぜひ皆さんも、たまには子供に手紙を書
いて下さい。

全員が読み終わってからいつも感想文を書いてもらうのです。中二の千村裕人君
の感想文です。
「母からの手紙を読んで」
「三日目の晩、母からの手紙を貰いました。先生からその手紙を渡された時、ま
だ一字も読まないうちから、涙が込み上げてきた。文章はそんなに多くなかった
が、母からの僕に対する気持ちが一字読むごとに伝わってきた。読んでいくと涙
が出てきて字が読めないほどだった。
手紙の内容はいつも母が言い聞かしていることだった。「人の立場になって考え
なさい」ということだった。いつもなにげなしに聞いてる言葉だが、手紙を読ん
ではじめて母から教わったような気がした。父からの手紙はなかったが、おそら
く母と同じ内容を言いたかったに違いないと思う。僕は前に小遣い袋の中に母か
らの手紙が入っていたことがあった。「兄弟仲よく」実に短い言葉だが母からの
気持ちがよくわかる。だけど僕は毎日のように兄弟喧嘩をしている。僕は非常に
親不幸者である。僕はこんな奴なのに母は手紙を書いてくれた。僕に「様」と書
いてくれたのは生まれて初めてだ。おそらく最初で最後のことだろう。岡村先生
も言っていた。この手紙は親から貰った最初で最後だ。僕はその言葉を聞いて感
動した。だけど、母からの手紙は先生には失礼だと思いますが、先生の言葉より
100倍位こよりない喜びだ。この大切な手紙は一生の宝物だ。一生大事にして
いきたい。お父さんお母さん有難うございました」

私はこれを読んで一番感動したのは「母からの手紙は先生には悪いが、100倍
嬉しい」という言葉です。殆どの子供達の感想文の最後に「お父さんお母さん有
難うございました」と書くのです。この感動は一週間で飛んでしまうが、それで
も人生の折り目で心から感動するということが大事なことだと思う。

私はよく非行少年の面倒を見ることがありますが、「もう二度といたしません」
と十分に反省して帰るのですが、1時間後に警察から万引きを補導したと電話が
かかってくることがよくあります。私なんかが言ったのでは大したことはないの
ですが、親からの手紙には大きい感銘を受けるものです。

先日17才の女子高校生から電話がかかってきました。4年前に中2で洋上スク
―ルに参加した子です。電話口で大泣きなんです。「どうしたんだ」と聞きます
と「今、お母さんと大喧嘩をしてしまった。あんたがあの時こうした、ああした
ということから、つい自分もカッとなって、母には言ってはいけない悪口を思わ
ず言ってしまって、そのまま自分の部屋に閉じこもってしまった。でも今一寸落
ち着いて考えてみると、スク―ルの時、母から貰った手紙のことを思い出して、
もう一度読んでみた。母が私を産んだ時、非常に難産で生きるか死ぬかの思いを
して、ついに帝王切開をして私を産んでくれたということが、書かれていた。私
を命がけで産んでくれた母に何ということをしたのだろう。本当に悪かったと反
省しているのだけど、どう言って謝ったらいいのかわからないから、教えてほし
い」と言うのです。

ふだん忘れていたことが、ふっとある日思い出して手紙を読み返した時、その時
の感激が蘇ってくるものです。私にとって「生きて帰れ、父」「頑張れ、母」と
いうこの短い手紙は宝物です。短いこの言葉の中に人生の全てのものが含まれて
いる気がするのです。

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┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 23 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2000 Nov.23---
テレビ寺子屋7/15(土)「お母さんは偉い」
森と海の学校 理事長 岡村 精二先生
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私が今やっている塾では、心のたくましさというか、心を鍛えるということに重
点をおいてやっている。どうも今は、社会全体が人を批判するという風潮がある
ような気がする。尊敬する人を消そうとする傾向があるようだ。
昔はお父さんのようになりたい。同じ仕事をしたい。お母さんのようになりたい
と言ってたものだが、今は殆ど聞かないようだ。
もっと偉人伝を読ませて、生きる見本や、目標を持たせる必要があると思う。で
きたら一流の音楽を聞かせたり、劇を見せたりして生き方の見本を示すことも大
事なことだ。

うちの塾ではスタッフ全員が学生だ。小1の子供は6年生の班長を見習う。小6
は中学のリ―ダ―を目標とする。大人が言うと、おじさんから言われているとい
う気がするが、身近に感ずる年齢の人からの方が素直に受け止められるからだ。

子供が何かしょうとするとすぐ「危ない」とか言うが、子供は親が考えているよ
りよっぽどタフだ。小4になると、もうお母さんより体力は勝っている。
近くに標高700メ―タ―の山があるが、頂上まで私は1時間半位掛かるが、小
4の子供はずっと駆けっぱなしで、わずか40分で行く。

今日は「お母さんは偉い」というテ―マでお話しをしたい。
最初にテ―プを聞いてもらいます。(といって2,3分の短い録音テ―プを聞か
せてもらいました。チ、チィ―チ。チ、チィ―チ。チ、チィ―チ 中村註)

皆さん、これは一体何だと思いますか。実は山口県の秋芳洞のコウモリの赤ちゃ
んの泣き声です。勿論超音波で本当は人間の耳には聞こえないのですが、録音し
てテ―プの回転数を落として再生すると聞こえるのですが、何回聞いても、「お
母さん、お母さん、お母さん」と聞こえるのです。(中村註 実際にそのように
聞こえました。不思議です)博物館の倉本先生が研究の為に録音したのです。

コウモリは哺乳類です。天井に何万匹とぶら下がっています。一晩に自分の体重
と同じ位虫を食べないと死んでしまうので、必死になって虫を取りに飛びだしま
すが、取ったら一直線に帰ってきます。その時、子供がお母さんを呼ぶ鳴き声な
のですが、それをさっと聞き分けて自分の子供に餌を与えるのです。全く神様が
動物に与えたもうた本能の不思議さに頭が下がる思いがします。

4泊5日のキャンプをして、2日目には20キロの炎天下の行進をしてクタクタ
に疲れた子供達に、夜のミ―ティングでこのテ―プを聞かせて、話しをすると小
学5,6年生の男の子がみんな泣きます。感動するのです。

私の嫁さんは、里美といいますが、嫁さんには勝てないなとつくづく思うことが
たくさんあります。
小5の娘がおりますが、2年前に創作ダンスの発表会があり、ぜひ見にきてくれ
といいますので、一番後ろの席にビディオを用意して構えてました。やがて始ま
ったら、しまったと思いました。15人ズラズラッと出てきたのですが、みんな
同じ衣装を着て、同じ位の背格好で、髪形も、化粧も一緒でどれがうちの子か、
さっぱりわかりません。何となく特徴をつかんで、多分、左から4人目と見当を
つけて、一生懸命撮ってました。やがて嫁さんがやってきて「お父さんうまく撮
りよるね」と言うので、「ああ、大丈夫じゃ、任しとけ」「「誰を撮っとるとね
」「娘にきまっちょらい」「うちの娘は、左から3番目よ」「いいや、4番目や
」と強引に押し切って、最後までそのまま撮り続けました。

やがて帰ってから、みんなでテレビ画面で見てますと、娘が「あれ、これは私じ
ゃない、隣の子だ」と言って泣きだしました。嫁さんからも「ほら、だから違う
と言ったじゃないの」と叱られて、さんざんな目にあいました。

又、息子が幼稚園の運動会の時でした。約50人位が、全員頭から米袋をかぶっ
て膝から下だけしか見えない状態で、運動場一杯に散らばっているのを、お父さ
ん達が、自分の子供を捜し出すゲ―ムがありました。これも皆同じで、なかなか
判りません。私は6人位めくってみて、7人目にようやく見つけることができま
した。ところがなんと嫁さんは、最初からすぐ判ったそうです。
やはり自分が十月十日、お腹の中で育て、苦しんで産んで、育てたのだという自
信を持ってる女性と、俺が生ませたのかなと、かすかな自信を持ってる男性との
差かなと、しみじみ思いました。

洋上スク―ルで、4泊5日で青島経由北京までのコ―スがあるのですが、出航の
時、両親が沢山見送りにきます。ある時、朝から雨が降ってたのですが、だんだ
んひどくなり、やがて最後のドラが、ジャラジャラ、ジャ―ンと鳴る頃にはどし
ゃ降りの状態でした。子供達はプロムナ―ドデッキという屋根のある甲板で、そ
れぞれに2本づつ渡してある紙テ―プをお母さん方と、持ち合ってたのですが、
雨がひどくなったので、お母さん達はみんな軒陰に引っ込んでしまいました。

ところがやがて一人のお母さんが飛び出してきて、そのままずぶ濡れになりなが
ら、テ―プ片手に、もう一本の手を力一杯振りながら「元気で行ってらっしゃ―
い」と大声で叫んでいるのです。するとどうでしょう。先程雨を避けて物陰に隠
れていたお母さん方が、われ遅れじと一斉に飛び出してきて、みんなびしょ濡れ
になりながら「さようならぁ」「行ってらっしゃ―い」と叫びだしたのです。
子供達もみんな泣きながら「行ってきま―す」といつまでも、いつまでも手を振
って別れを惜しんでました。ところがお父さん達は、殆ど車の中から手を振って
ました。誰も雨の中には出てきませんでした。女と男の違いを感じました。

私も17年間塾をやってきて、たくさんの子供達を見てきてます。中には非行少
年も何人かいました。丁度8年前、中学校が荒れに荒れてた頃がありました。当
時、佐藤武士という少年がいました。通称武ちゃんで通ってました。中3で身長
1メ―タ80センチ、体重80キロの大男です。茶髪で、とさかスタイルです。
背中に龍の絵を描いた学乱を着て、耳にピアスを3個もつけて、いつもすうさん
、池ちゃんというのと3人連れで、のし歩いていました。

実はその子も、私の塾の生徒でした。小6から入ってきたのですが、当時ですで
に1メ―タ70センチもある大きい子供でした。中学に入ってすぐに不良から誘
われて、非行に走るようになり、1年の2学期からタバコを吸い始め、2年の終
わりにはとうとう塾も止めてしまいました。洋上スク―ルにはそれでも参加する
のです。私の前ではおとなしいのですが、学校では相変わらずガラスを割ったり
、喧嘩をしたりしていました。

一昨年の7月15日の午後4時半頃、一人の青年が訪ねてきました。グレイのズ
ボンに白シャツで、かっこいいスポ―ツ刈りの頭でスラッとした感じのいい青年
です。一瞬誰かなと思いましたが、すぐわかりました。「おう、武ちゃんじゃな
いか。久しぶりだね。どうしたんね」と聞きましたら、「一寸いいですか」と言
うので、「まあまあ上がれや」と言いましたら「今日はお中元をお持ちしました
」ということでした。コ―ヒ―セットでした。
最近はまじめになって、ある建設会社に入ってもう3年になりますとのことでし
た。よもやま話がはずんで、やがて帰りましたが、玄関を出て、10メ―タばか
りになった時、私が「まじめになってよかったな」と声をかけますと、彼がくる
りと振り返り、「先生、俺いつまでも母ちゃんに心配かけられんけんね」と言い
ました。私は思わずジ―ンときて、300メ―タ―ほど向こうで、見えなくなる
まで、彼を見送りました。

今年の1月15日に、今度は武ちゃんのお母さんが訪ねてきました。
私は丁度一時間目の数学の授業を終わって、2階から降りてきたところでした。
「先生、今日は武士が成人式を迎えましたので、そのご報告にきました。実は中
学を出てからも暫くブラブラしてたのですが、友達に誘われてある建設会社に就
職はできたのですが、最初の1年は行ったり、さぼったりしてましたが、どうや
らだんだん真面目になって、2年目のボ―ナスの時には、ワイドのテレビを買っ
てくれました」と自慢話を一生懸命するのです。そして中学3年の時の思い出話
になると「体が大きいので、家で暴れた時、私が振り飛ばされて、左の脇腹の肋
骨を3本も折る大怪我をさせられて、3か月も入院しました」と懐かしそうに夢
中になって話すのです。私はしみじみと親心というのを感じさせられました。非
行少年がやがて気がついた時、親を感動させることがあるんだなと思いました。
その反面、いい子、いい子と育ったんでは、何の感動もなく過ごすということも
あるんだなとも思いました。
今うちの子も中3ですが、こいつも非行に走って、やがて感動させてくれるのか
なとも思ったりしました。

中3になりますと、三者懇談といって進学の話し合いをしますが、10年ほど前
までは、お母さんが殆ど結論を出さずに「帰ってから主人と子供とよく相談して
ご返事します」と言ってました。
然し最近は違います。「もう任せてますから子供の言う通りにやって下さい」と
いうのが多くなりました。これは裏を返せば、もう言っても無駄だ、聞いてくれ
ない、という極めて無責任なことなのです。親に説得する自信がないということ
です。中3では当然のこと、まだ自分の人生のことはわからないのです。経験豊
富な親が真剣に子供の将来のことを考えて、リ―ドするべきです。

親が腎臓が悪くても、なかなか子供は自分の腎臓を提供できないものですが、反
対に子供の腎臓が悪かったら、親は躊躇なく、自分の腎臓を提供するものです。
大事な子供のためならば、例え喧嘩をしても言うべきことはきちんと言わねばな
らないのです。

自分の母も考えてみれば、私が中3の時に太平洋横断を言い始めた時、心のそこ
から心配したと思うのです。たった6メ―タ―のヨットで行くというのに、一度
も反対をしませんでした。出航前にいろいろ準備しなければいけないものが沢山
ありました。サンフランシスコに入港する時に振る黄色い旗も、母が作ってくれ
ました。笑顔で行ってらっしゃいと手を振って送ってくれました。
ヨットが一度ひっくり返った時などは、母は私がボ―トの上で寂しそうに座って
いる夢を見たそうです。
無事横断が成功して帰ってきて、1か月後に母は右の肺が自分の力で動かなくな
る病気になり、入院しました。今、誰を一番尊敬してますかと言われたら、私は
躊躇なく父と母と言います。
どうぞお母さん方、もっともっと自信を持って子供に対して言うべきことは言っ
て下さい。
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◎発行日がずれたり、号数が狂ったり、最近発行体制が悪くてご迷惑をかけてい
ます。すべて中村先生のせいではありません。小林の怠慢のせいです。
お許し下さい。暑いですね。暑さのせいにはしませんが・・・
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IA magazine 素晴らしい人生のために 毎週水曜日発行(週刊誌) No.23

発行■インプットアルファ http://www.futaba.ne.jp/~ko-ko/index.html
責任■小林 高一 ko-ko@futaba.ne.jp
執筆■ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀 LDJ04070@nifty.ne.jp
配信■まぐまぐ 0000026706 http://www.mag2.com/

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