INPUT ALPHA メールマガジン

素晴らしい人生のために/今日の応援歌
<<<< バックナンバー のページ >>>>
[97] [98] [99] [100] [101]  2002年 1月発行分    

[97]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.01.02
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 97 号】
┗┷┷┛==============================================================

●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2001 vol.97---
[なぜ私が寺子屋をお勧めするのか] HCC 中村豊秀
------------------------------------------------------------------------

毎週、私は寺子屋をご覧にならない方、又放送する局の関係でご覧になれない方
に、一人でも多く見ていただきたいと思ってリポ―トしてお送りしております。

明日の日本を背負っていく子供達が、今何を考え、どんな状態にあるかを専門家
の目を通して捕らえた現状を、先ずよく聞いて把握することが先決です。
しかる後、今の混沌として、道徳地にまみれた社会にした、我々大人達の反省を
込めて、どうしたら、かっての心豊かな、明るい日本を取り戻すことができるか
を考えていきたいと思っております。
そして、そこで活躍する子供達を、親として、先生として、又社会人の大人とし
ての責任を持って、子育てをしていくべきだと思います。
しかつめらしい教育論を振りかざすのではなく、何よりも子供達の見本になるよ
うな自分であるべきではないでしょうか。その為には第三者、時には外国人の目
から見た日本人という話も、謙虚に聞いて反省の一助とするのも重要なことだと
思います。
そしていよいよ具体的な子育てに入っていく時に、子供の心理分析をして、ケ―
スバイケ―スでどういう判らせ方をしていくべきかが問題になります。

相手にことの本質を知らせる、そしてその内容を十分に判らせる、心から理解さ
せる。あくまで自分とは立場、年齢、経験、理解力が違う子供に対して、粘り強
く対応するためには、かなり根気がいります。
何よりも大事なことは、自分がこれだけ言ってるのだから、当然判る筈だ、聞く
べきだ、又聞いてくれるもんだという思い込みが一番いけない。これを称して、
「恥ず、べき、もんだ」と言う。
何故かというと、往々にして、一般にこういうふうに話すということを、単純に
考えている人が多いのだが、そこにこそ大きな落とし穴があるのです。
話というものは、聞き手に決定権があるのです。どんなに話し手の話の内容があ
っても、あくまで、その話の意味内容を解釈、理解する、いわゆる決定する権利
は聞き手にあるのです。そんな馬鹿な、と言っても仕方が無いのです。聞き手の
理解力、年齢、経験、常識、立場によって勝手に自分なりに解釈するのです。

ならばどうしたら効果が上がるのかというと、決して自分勝手に一方的に押しつ
けの形で言うのではなく、話すということを心掛けなければなりません。
言うと話すとはどう違うのかというと、言うということは、相手が聞いていよう
が、判ろうが判るまいが、全然考慮することなく、一方的にこちらから、ベラベ
ラ喋ることを言います。
一方、話すということは、

1.相手が聞いているということを確認して、相手の目を見ながら話すこと。
2.その相手に対して、そのレベルに応じてよく判るように話す。
3.相手の言い分があったら、それをよく聞く。
4.もし誤解があったり、知らなかったとしたら、よりよく具体的に話す。
5.相手は合意点に達して、協力しようという気持ちになる。

これが話すということです。
話す、聞くということに関して、もう一つ大事なことがある。それは聞くことの
方が、話すことよりも先にやるべきであり、又重要なことだということです。

ところが意外なことに、大抵の人が、聞くことを余り重要視してなくて、簡単に
考えている傾向がある。その証拠に人の話を聞いた時、すぐ「知ってる、聞いた
よ、常識だ、当たり前だ、見た見た、やったことがある」と軽く受け流す傾向が
ある。でも人の話を聞いた時、「ああ、そんなこと知ってるよ」と軽くいなされ
たとしたら、相手はどんな気持ちがするでしょう。「何だ、知ってたのか、折角
教えてやったのに」といやな気持ちになるでしょう。
でももしもその時、たとえ知ってるにしても、もう少し真剣に聞いてあげて、そ
の上で「ああ、例のあの変更の件だね。それなら昨日、A君から連絡があって、
知ってたよ」というように応答したらどうでしょう。そうしたらきっと「そうか
君も知ってたのか。それはよかった」ということになるだろう。

つまり相手の気持ちを思いやって、話し合うことが大事なことであり、それがよ
い人間関係を作る原点なのです。
どうぞそんなことを前提にして、子育てを真剣にやってほしいと思います。もし
ご自分がすでに子育てを終わってたとしたら、次のお孫さんのために、子供さん
に教えてあげてほしいと思います。

------------------------------------------------------------------------

あけましておめでとうございます。
今年は旧年より少しでも良い年でありますよう、心より祈念しております。人は
ほんの少しの心の持ち方で「幸せ」にも「不幸せ」にもなります。
ぜひ、心の持ち方を見つけて楽しい生活をして下さい。
本年も小誌をご愛読下さい。年頭にあたり感謝の心を込めて

水のお話

砂漠を旅する二人。水が半分になった。
A「水がもう半分しかない、どうしょう」
B「水がまだ半分もあるぞ」
生き残る確率は、楽天的に物事を考えるBが圧倒的に高いという

インプットアルファ 小林高一

************************************************************************

[98]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.01.09
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 98 号】
┗┷┷┛==============================================================

●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2001 vol.98---
テレビ寺子屋「無意識コミュニケ―ション]
帝塚山学院大学教授 ジェフバ―グランド先生
------------------------------------------------------------------------

この夏、NHKの番組で、日韓合同で車椅子の障害者と一緒で、釜山からソウル
までずっと歩いて、512キロの旅に行ってきました。一日平均25キロのペ―
スです。参加者は4,50人でした。日本人が韓国人に、韓国人が日本人に付き
添うというので、最初のうちは多少言葉の壁を感じたこともありましたが、介護
者が押したり、一緒に風呂に入ったり、食事の時は食べさせてあげたりしている
うちに、いわゆるスキンシップで意志疎通ができるようになりました。
無事にゴ―ルインした時の感激は一入でした。なにしろ車椅子に座ったままの胴
上げです。これはまさに身を任せるということで、コミュニケ―ションの極致と
いっていいでしょう。

今皆さんが拍手をして下さいましたが、これもコミュニケ―ションの一つです。
あなたの話に期待してますよと応援の意味が込められているのです。

コミュニケ―ションは大きくわけて、三つに分析できます。
1.Verval(文字、言語やゼスチャ―を伴う)
Non―Verval(髪形、服装、表情で表現する)

コミュニケ―ションで何かが伝わる。始めて日本に来た時、日本語がわからない
ので、みんなのゼスチャ―を研究した。飛行機でスチュア―デスが飲み物をサ―
ビスしてくる時に、いらないというのを、手を立てて顔の前で左右に振る。
人の間をかき分けて行く時、手を膝の前当たりに下げて、軽く上下に振りながら
進む。面白いことをするなと思った。

距離間隔や目配りも重要な要素だ。

2.Direct(直接会って話すコミュニケ―ション)
Indirect(間接的なもので察知する)

エレベ―タ―の中でほのかに残っている香水の香りで、今まで乗っていた女性の
ことを想像する。
外国に行ったり、違った価値観の人の間では、言葉によらない間接的なコミュニ
ケ―ションの方が、案外うまくいくことがあるものだ。

32年間、日本に住んでいるが、最初はお辞儀の仕方がわからなかった。よく観
察して意識的に真似をしたものだ。回数や角度がそれぞれ違うので、なかなか難
しい。自分より上の人に、より深く頭を下げる。学生達が私に「先生お早うござ
います」と約30度位、軽く頭を下げるだけですが、部活の先輩に対しては、深
々と90度位に頭を下げて、「先輩、お早うございます」と丁寧に挨拶をする。

もっと大変なのは、お辞儀をする時、話しながらする。「いつもお世話になって
ます」「今度ぜひうちにお寄り下さい」とか、これがなかなか厄介でした。

会う人によってとる態度が違う。日本は縦社会だが、アメリカでは横社会なので
余り上下は考えず、横に対等な気持ちで接する。
お互いの間の距離感が国民文化によって、それぞれ違うようだ。大体日本人はお
辞儀をする関係で、約1メ―タ前後の間隔をとって挨拶する。アメリカ人は握手
の関係で、約7,80センチです。韓国人はアメリカと同じように、やはり7,
80センチ位だ。だからアメリカ人と韓国人とは、割合すぐ打ち解けるのが早い
ようだ。ところが日本人と韓国人だと、こちらはもう少し間隔をとろうとする。
反対に先方はもっと近づこうとする。すると馴れ馴れしいと日本人は思い、韓国
人は何かよそよそしい、冷たいなと思ってしまう。

3.Concious(意識している。)
Unconcious(無意識にする)

無意識コミュニケ―ションは相手を理解したり、判りあうのに非常に大きい影響
力を持っている。どっかで変わる。その変化に驚くことがある。
日本では電話口で盛んにお辞儀しながら話しているのに、最初びっくりした。然
しだんだん慣れてきて、いつの間にか私も電話の前で、相手にお辞儀をして話し
ているのに気がつきました。

アメリカでは女性に対して、無意識のうちに「褒めことば」を使う習慣になって
いる。そこでつい女性に褒めことばを使うのだが、ちよっとした間違いをよくす
る。「〇〇さん、今日は奇麗ですね」これは「今日も奇麗ですね」と言わないと
いけないわけです。間違えたら顔が赤くなる。この赤くなるというのも、私は恥
ずかしいという無意識のうちの表現の一つです。
服装、髪形、態度なども、無意識の表現の一つだから気をつけよう。

この前、明石で花火大会があった時、将棋倒しになって大勢の死傷者がでたこと
がありましたね。その時茶髪の若者達がふざけて、邪魔をしたということが最初
言われたことがありましたが、皆さんどうでしたでしょうか。きっと、ああ、確
かにそれはあり得ると、うなずかれたのではないでしょうか。そんなものです。

無意識のうちに、茶髪の若い者は無責任だと思われたと思います。ところが今の
大学で、茶髪でないのを探す方が難しいくらいです。然し茶髪だけど真面目な若
者が一杯います。

又、言葉を発する時のト―ンや印象が大事です。特に言葉がわからない時は、ト
―ンで判断するものです。
32年前、留学生として、26人の友達と日本に始めて来た時、他の友達は疲れ
たからゆっくり休んでいたが、私は少しでも早く日本を知りたいと思い、一人で
出かけることにした。
旅館の玄関で、座って靴を履いている時、すぐ傍に旅館の女将が座って見てまし
た。きっと外人が座って靴を履くのが珍しかったのでしょう。履き終わって、出
かけようと入り口の所に来た時、いきなり大きな声で女将さんが「行ってらっし
ゃい」と言いました。とても強い調子で言われたので、私には「開けたらあかん
」と、てっきり怒られてると思いました。というのも、1969年は丁度安保反
対と学生運動が盛んな頃で、私達は日本に来る前に、とても日本は治安が悪いの
で、門限は8時までで、それに遅れたら、送り帰すとさんざん脅かされていたの
で、朝もまだ7時50分だから、8時まではいけないのだと思いました。そこで
すぐ引っ返して来て、又座って待ってました。
暫くして日本の学生が出てきて、立ったまま靴をシュッシュッとひっかけて、そ
のままトントンとかかとを床に打ちつけて、かっこいいと思いました。アメリカ
では見たことがなかったので感心しました。
又女将さんが「行ってらっしゃい」と言いましたら、学生が「行ってきま―す」
と答えました。心のどこかで、彼も怒られてると思いましたが、実は挨拶だと後
からわかって大笑いしました。

「宿題は、もうやったの」「勉強をしてるか」と強く言うと、何か勉強はいやな
苦しいものだというイメ―ジが出てくるのです。

「今日もあんまり無理したらあかんよ」「一寸は外へ出て遊びなさい」と言われ
るのとではかなり違いがある。そうすると子供は勉強をもっとしたいと思う。親
が止めると逆にもっとしたくなるものだ。

最初にお話しした車椅子の時も、かがみこんで話さなければ、コミュニケ―ショ
ンがとれなかったので、距離感が大事だと言えると思います。

言葉だけなら、嘘がつけるが、無意識に言ってる時は、本心が出て、ごまかしが
効かない。

お茶なんかをひっくり返した時、近所の子供には、いいよいいよ心配しなくてと
言うが、自分の子供にはつい、「ほら、又こぼして、何回言ったらわかるの」と
叱っている。距離感をもっと考えて話して下さい。

コミュニケ―ションにもいろいろとあることをご研究の上で、家族や近所の方、
友達と楽しんで下さい。

************************************************************************

[99]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.01.16
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 99 号】
┗┷┷┛==============================================================

●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2001 vol.99---
テレビ寺子屋「家族的社会ニッポン」
帝塚山学院大学教授 ジェフバ―グランド先生
------------------------------------------------------------------------

今日お送りするのは、前回と同じジェフバ―グランド先生の外国人から見た日本
人のコミュニケ―ションについてですが、話し方の面から大いに示唆を与えられ
た内容だと思います。歴史,文化,生活習慣,価値観の相違によっていろいろと変
わってくるものだなあと、興味深く感じましたので、皆さんのご感想もお聞かせ
下さい。

------------------------------------------------------------------------

今日は家族的社会ニッポン、仲間同志のコミュニケ―ションのいいところと、一
寸要注意な点についてお話ししてみたいと思います。

アメリカは直線的なコミュニケ―ションです。
直線型は10言って1わかるというコミュニケ―ションです。

それに引き換え日本は円形型コミュニケ―ションと言えるでしょう。
円形型は1を言って10わかるというコミュニケ―ションです。
京都はその典型的で1を言って100わからなければいけないという所です。

一昨年アメリカから弁護士の友人が遊びにきました。何でも言葉で理解しょうと
周りの日本人の言うことを、バスの中でも、みんな片っ端から通訳してくれとい
うわけです。ある朝、二人でジョギングをするので準備運動をしてました。
近所の人達は、実によく他人のことを知っている。あそこの子供はどこの学校に
行ってるとか、ご主人はどこの会社に勤めていて、営業課長だとか、給料はどの
位だとか。今度、二軒隣の家で外車を買ったのですが、忽ち噂話しで持ちきりな
のです。外車を買ったが、お金はどっから出たのか、宝くじが当たったのだろう
か、遺産が入ったのと違うかとか、口うるさいものです。

向かいの家のおばさんが帚で掃除をしていた。そこへ外車の持ち主の奥さんが家
から出てきて、まさにキ―を回してドア―を開けようとした時「ええ車やねえ」
と声をかけた。その瞬間、その女性がとっさに「あっ、これロ―ンで買うてます
の」と言いました。さあ、これを直訳するのは一寸難しいのです。最初の「ええ
車やねえ」は明らかに褒めことばだが、その答えが本当の答えにはなっていない
ので、何でそうなったのかを、友人に理解させるのが厄介で、簡単には説明でき
ないことがありました。つまり円形型の会話を直線型に変えて説明しないと、友
人には理解できないわけです。

私はアメリカから最初来た時、何でみんなこんなにわかるのかと不思議でならな
かった。そこで、日本の社会を分析してみると、三つのことに気がつきました。

1.監視社会・・・周りから常に見られてるということ。

私は外国人で、鼻が高い、彫りが深い、足が長いので特に目立つから、特別に見
られてるのかと思ってましたが、そうではなくて、日本人同志でもみんなそうな
んですね。
服装、振るまい、その他で常に周りを気にする。T.P.Oに合ってない服装を
してると、あわてて家に帰ってぱっと着替える。丁度親が子供をじっと見守るよ
うに他人のことを注意している。
大阪での違法駐車はかなり程度がひどい。二列はおろか、三列になることすらあ
るが、ドアの鍵をかける時、必ず左右を見る。周りに知ってる人がいないかキョ
ロキョロと見回している。知人がいないと、安心してそのまま駐車する。別に警
察ではなくて、知人の方を気にする。

2.人を呼ぶ時の呼び名について。

日本人はよく名刺交換をするが余り人の名前を覚えるのが得意ではなさそうだ。
なぜだろうと考えましたら、余り人の名前を呼ばずに、家族関係の呼び方で人に
呼びかけることが多いということに気がつきました。ちょっとそこの外国人のお
兄ちゃん、そこのおじさん、子供を連れてるお父さん等々。私も始めのうちは少
し抵抗を感じたがそのうちにだんだん慣れてきた。
不思議なことに、一番下の者から見た人間関係に基づいているようだ。お兄ちゃ
ん、お姉ちゃん、お父ちゃん、お母ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん等々。


ところが上から下に対しては、せいぜい僕とか、おじょうちゃん位しかない。
私もいつしかそれに巻き込まれて、アメリカから両親が遊びに来た時、無意識の
うちに妻を呼ぶのに「お母ちゃん、靴下はどこ、ネクタイはどれにする」などと
呼んでいる。すると私の妻が薫という名前なので、「薫のニックネ―ムか」と聞
くわけです。「いや違う。母ちゃんというのは、マザ―という意味だ」と言うと
「何を言うんだ。お前のマザ―はここにいるじゃないか。あれはお前の結婚相手
じゃないか」と言うんです。ああ、僕もそこまできたかと思いました。

妻の父を友達に紹介する時に「うちのおじいちゃんです」と言ってます。私のお
じいちゃんではなく、子供のおじいちゃんなのですが、それに抵抗感がなくなり
ました。
近所にご年配の女性がいらっしゃるのですが、たった一人のお孫さんが交通事故
で亡くなったのですが、みんなに「おばあちゃん、どうぞ」と言われる度に、死
んだ孫のことを思いだして、とても寂しいと言ってました。私はいつも名字で近
所の方をお呼びしています。

3.家族の中で能力別でつきあってるのではない。

自分の子供でも、できる子供と出来ない子供を差別したりしない。むしろできな
い子供ほど可愛いと言う位ですからね。一寸表現は悪いですが、仕方がないとい
う、つきあい方というか、あきらめの形のような気がする。
私も大学の教授として試験をパスして入ってきた学生達に、一人の落ちこぼれも
なくみんなを無事に何とか学校を出してやりたいと思います。単位が取れなかっ
たら即退学とということはなかなかできないものです。
私の以前勤務していた高校で、教頭先生が非常にコンピュ―タ―に詳しく、学校
の経理とか、成績をつけるとかいう、いろんなプログラムを作り、もう退職して
10年になりますが、今でも使われている。
アメリカではそういった特技を持っていたら、能力を評価されてド―ンと年俸が
あがるということがあるのです。
ところが日本の組織の中では、勿論課長、部長となったら、給料の差があります
が、一般に皆が力を出し合ってやっているという意識で、余り差がないようだ。
特に学校の先生というのは、典型的な年功序列型で、何年に学位を取ったとか、
何年にどこを卒業した、というだけで、みんな給料は同じだ。

日本の社会は、仲間同志のコミュニケ―ションが非常に多い。
私の研究によって、社会のコミュニケ―ションの取り方を分析すると、日本の場
合は、受信者責任型コミュニケ―ションと言える。聞いてる方、つまり言葉を受
け止めた方が理解する責任があるということだ。結構南北には長いが、東西の時
差はなく、同じ時間帯で生活をしている。文部省の管轄で、日本語で同じ教育を
受けている、価値観も季節感も大体同じであるから、できると思うのだ。

一方アメリカは、発信者責任型コミュニケ―ションと言える。話してる方が相手
にどう理解させるかの責任があるということだ。それは多民族の集合体だから、
言語、価値観、常識等々がそれぞれに違うから、相手によって、話してる方が、
どうわからせるかが、大きな責任となるわけだ。

最初のうち、家族的コミュニケ―ションに正直言って、壁を感じた。
私は今京都に住んでいます。私の家には床があります。とこう言ったら、殆どの
方がけげんな表情をすると思う。「何を言っているんだ、この人は、そんなこと
当たり前じゃないか。床のない家なんてあるわけないじゃないか」と思うでしょ
う。然し京都の人だったら、「へえっ―、それは凄いなあ。床があるなんて」と
多分驚くでしょう。床というのは、皆さんもきっとテレビでご覧になったことが
お有りと思いますが、加茂川べりで、二条から五条まで、料亭で川に足をつけて
いる張り出した床のことを言います。夏そこで川風に吹かれながら、涼しくおい
しい料理を食べるところです。京都の人ならすぐわかる。床開きといって、昔は
六月一日、今は五月一日からですが、他の人にはこの意味がわからない。「床な
ら俺の所にもあるよ」とケロッとしてる。そのように日本人には仲間同志という
特殊なコミュニケ―ションがある。

ところが外国人から見たら、一つの輪があるようで、仲間に入れないと言う感じ
がする。然しだんだん仲間同志のコミュニケ―ションに慣れてきたら、同じ所で
笑ったり、うなづいたりできるようになってきた。
仲間同志で暖かいム―ドで決して悪いとは思わない。
私はあいまいというのが大好きになってきた。「お昼、何にしますか」「何でも
いいよ」。皆と昼食に出かけて、自分だけ別に注文すると、きまって他人の食べ
てるのがおいしそうに見える。「人に任せる」という、一種の甘えからきてると
思う。
あいまい語で典型的なのが、「よろしくお願いします」と言う言葉だ。これは英
語には訳せない。英語ならもっと具体的に仕事の上でなら、一緒に頑張って、儲
けましょうとか、何かはっきりしてなければ言えない。日本では、これからよい
人間関係を作りたいという、もっと大きなものを暗黙のうちに含んでいる。

************************************************************************

[100]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.01.23
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 100 号】
┗┷┷┛==============================================================

●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2001 vol.100--
[学ぼうとする姿勢が人を大きくさせる]
ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀
------------------------------------------------------------------------

皆さん、こんにちは。ご愛読を頂いているこの「人生の応援歌」もおかげさまで
100号を迎えることができました。多くの皆様から「同感だ」とか、「よかっ
た」とか感想のメ―ルをたくさん頂き、大変嬉しく思っております。誠にありが
とうございます。今後とも少しでもみなさんのお役に立てばと祈念しつつ、継続
していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

今日は、私の信念としているものとし「学ぼうとする姿勢が人を大きくさせる」
というのをお送りいたします。

それが何であれ、ある程度うまくできるようになった頃、人は二つの方向に別れ
ます。「結構うまくなったな。もうこれくらいでいいや」と安心して、それまで
のペ―スから少しスロ―ダウンする人と、「大分うまくなってきたから、もっと
うまくなりたい」と、それまでのペ―スをキ―プ、もしくはアップする人と。

この「もっと」という思いがある人は絶対に伸びます。それがスポ―ツであれ、
芸術であれ、日常の趣味であれ、事業であれ。
そして、「もっと」という思いがある人は、もっと伸びるためには自分の中に、
何でも素直に取り込もうと努力します。

本当のプロは、それがたとえ素人であろうと、まったく経験のない人間であろう
と、自分にとって有益なことと、そうでないことをかぎ分ける能力を持っていま
す。そして「これは有益だ」と思われることは、すぐに自分の中に取り入れる。
それがプロでやっていける重要な資質のひとつになっているわけです。

私がモット―としている「善事即行、実行有言」ということです。この資質も元
をただせば「もっと」という思い、学ぼうとする姿勢です。さらに伸びていきた
いという貪欲さといってもいい。同時にそこには、プロとしてのプライドという
ものも存在します。そのプライドとは、「素人に忠告されるなんて・・・」とい
う低レベルのものではなく、ただひたすら「強くなりたい、うまくなりたい」と
いうことなのです。

大きくなりたいと思ったら、つまらない小さなことに惑わされず、すべてが自分
のためになると考える。それがコツなのです。

------------------------------------------------------------------------

早いもので2年近くが過ぎ去りました。毎週の積み上げが100号というひとつ
の記念碑になりました。ずぼらな私は、とても一年は続けられないだろうと考え
ていたのです。とにもかくにも続けられたことは自分にとって大きな自信になり
えたと感じています。
待っていてくれる読者が居る。これは自分にとって責任感との戦いです。
書いてくれる人が居る。これも私にとって信頼してくれる人が居ること。
私は大したことはできないながら、メ―ルマガジンというものを出せる、ささ
やかな力を持っていました。それをただ使ったに過ぎません。

中村豊秀さんとはずいぶん長いおつき合いです。あの人の笑顔と話し方にずい
ぶんと助けられた記憶があります。中村さんはあのお年で(失礼)パソコンを使
いこなし、ご自分のデ―タ整理などに使っています。私は同じソフトを使ってい
た関係で知り合うことができたのです。

これから、もう少し続けていきます。遠くを見るのも大切ですが、私には足元
を見ながら一歩ずつ歩く方がむいているようです。
読者の皆様と中村豊秀さんに感謝を込めて。

インプットアルファ現代情報研究所 所長 小林 高一

************************************************************************

[101]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.01.30
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 101 号】
┗┷┷┛==============================================================

●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2001 vol.101--
テレビ寺子屋 「元気な子が危ない時」 教育評論家 尾木 直樹先生
------------------------------------------------------------------------

心の教育というのが言われているが、日常親とのふれあいの中から、本当の意味
での心の教育がなされるのではないかと思う。

今年の6月8日に、大阪の教育大付属の池田小学校で、いたいけな8人の子供の
命が一瞬にして奪われるという、悲惨な事件がありました。
あの時、事件も衝撃的だったのは言うまでもないことだが、それにもまして、シ
ョックだったのは、大人と子供との関係が本当にうまくいってなかったというこ
とを、つくづく考えさせられました。

マスコミが被害にあった子供や、その友達に「どうだったの」とか、「襲われた
時、どんな気持ちがしたの」と根堀り葉堀り、しつこく質問をしていたことだ。
さすがにこれは、今になって、行き過ぎだったと気がついて、いろいろと反省会
が持たれているようだが、手遅れだ。

学校当局も、6月18日から開校するとすぐ発表しました。勿論、校長先生以下
子供達のことを考えた上のこととは思うのだが、そんなことは私に言わせたら 、
ありえないことだと言いたい。
あれは国際的なまれにみる大事件なのです。
アメリカで1999年に2人の少年が、銃で13人の子供達を殺害という事件を
起こしたが、あれは高校生だ。
それに引き代え、今度のは小学校1,2年の児童の休み時間におきた事件だ。
どんなにか、心にショックを受けたか、想像することすらできない程だ。
わすが10日などとはとんでもない。アメリカでも4ケ月間後の開校だったのに
日本では結局3ケ月後になった。

更に文部科学省で、子供達の心のケア―として、カウンセラ―と先生方とがチ―
ムになって、各家庭を廻ったのだが、これもやってはいけなかったと思う。
勿論これとても、役所の責任感からのこととは、十分察しはつくのだが、大人の
思いだけでは、なかなかうまくいくものではないのだ。
犯人を捕らえた副校長をはじめ、先生方もかなりのショックを受けて、混乱に陥
り、疲れきってた筈だ。
むしろ子供達より先に、先生方を癒さないといけなかったのではないかと思う。
いかに仕事とはいえ、車で廻った先生を見て、子供達の方が「先生達がかわいそ
うだ」と言ってる状態だ。これでは折角廻った意味がない。
疲れきっておどおどしてるる先生の顔をみて、本当に子供達が安心したのでしょ
うか。
又カウンセラ―にしても、いつも学校にいる見慣れた人なら、いざ知らず、始め
ての大人の人なのだから、子供達にとっては、知らない大人の人だ。いかに本職
のカウンセラ―といっても、いきなりでは人間関係もないので、満足にいくわけ
がない。

何回も言うが本当に大人の思いだけでは駄目なのだ。子供の心というものは、自
分が小学校の教師を17年間やったから、言うわけでもないが、意外に難しいも
のなのだ。そう簡単に割り切れるものではないと思って欲しい。

今、全国的に広がってる傾向があるが、あの事件以来、「不審な人を見たら、す
ぐ知らせなさい」「知らない大人を見たら信じたら駄目だ」とか極端なのは、東
北のある小学校では、1年生の教室にこともあろうに、警官が犯人に変装してい
きなり突入して、模擬訓練をしたというケ―スがあったが、ナンセンスもいいと
こだ。小さな子供達を脅えさす結果になり、逆効果も甚だしい。はっきり言って
間違いだ。

むしろ、こんな時こそ、「たしかにおかしいのもいるが、大多数の大人の人は大
丈夫なんだ」ということを、言って聞かせて、事実の上で納得させるべきだ。
信用できない、怖いものだと脅かすばかりが能ではない。ここのところがポイン
トだと思うから、もっと慎重に対処すべきだと思う。

もう一つ、もっと衝撃的な実際の事例を挙げて、考えてみよう。
今年の4月14日、兵庫県の尼崎で小学校6年の男の子供が、お母さんを包丁で
刺してその結果、お母さんが亡くなったという事件があった。
ことの成り行きは、お母さんが夕方6時頃、帰宅したところ、子供が包丁で指を
切り落とそうとしているのを見て、「何をしているの。馬鹿なことをしてはいけ
ない」と厳しく叱りつけたところが、子供が包丁を振り回して暴れ、それを止め
ようとして、二人で揉み合ううちに、過って、お母さんにグサリと包丁が刺さり
不幸な結果になったということです。
警察でも結局不慮の事故ということになり、テレビでもさほど報道されなかった
が、事故なら事故で、逆に原因を詳しく報道した方がよかったと思うのだ。なぜ
かというと、その子供は4月に6年生になったばかりで転校したのだが、それが
いやで、いやでたまらずに、ついに自殺しょうとしてたところを止められて、こ
の事故が起きたのだ。

それは、前の学校は約2.5キロほどの距離で子供の足で30分位の所にあり、
前の家は3階建でそのままなのだが、お母さんが重い病気で、病院に通院するの
に不便だからというので、病院の近くにマンションを買って、去年の11月に引
っ越したのです。お父さんは仕事の関係で前の家に通っている。5年生のうちは
両親の運転する車で、前の学校に通ったのだが、6年から新しい学校に転校した
というわけです。この子供が内気な子供だったらまだよかったと思うのですが、
明るい、元気な子供で友達も沢山いる子供だったのです。

ではどうして、そんなに転校を嫌がったのか。ここが盲点だったのです。
不登校やおとなしい子供だったら、むしろ心配ない。慣れているからです。
ところが、向こうで生まれ育って、1年からずっとツ―カ―の友達と仲よく遊ん
でいて、半ばリ―ダ―的な存在だったこの子供にとっては、新しい所は苦しかっ
たのでしょう。

作家の重松清さんが、こう書いてます。
小学校時代何度も転校したが、6年になってからの転入はかなりプレッシャ―が
かかったのを覚えている。最上級生なのに新入生と同じだ。トイレがどこにある
のか、校歌や学校の行事も皆目わからないし、低学年のように気軽に教えてとい
うわけにもいかない。友達が親切に教えてくれたら、逆に馬鹿にされてるとひが
んでとってしまう。何より苦しかったのは、クラスの社会性にとびこんでいけな
かったことだ。誰々は野球がうまい、〇〇君は誰と仲がいい、クラスで今までに
こんなことがあったとか、すっと入れないということが沢山ある。いままでどち
らかといえばリ―ダ―だっただけに危ない。ところが暗い子供だったら、余り落
差がないから、そう心配いらない。弱い子供だったら、お母さんがいろいろと心
配して、友達がもうできたとか、慣れたとか、気にかけてくれるのだが、元気な
子供には安心していて、そんな心配をしてくれない。

やはり表面だけでなく、心の裏側にも気を配ってあげてほしい。
わかっている子供ほどなかなか言えないものだ。自殺の真似をして、実はSOS
を発しているのだ。一寸したことだけで、さりげなくお互いが相手をサポ―トし
てあげたら、いつも自分は両親から支えられているのだという、安心感が生まれ
てくるのだ。

========================================================================
IA magazine 素晴らしい人生のために 毎週水曜日発行(週刊誌) No.101

発行■インプットアルファ http://www.futaba.ne.jp/~ko-ko/index.html
責任■小林 高一 ko-ko@futaba.ne.jp
執筆■ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀 LDJ04070@nifty.ne.jp
配信■まぐまぐ 0000026706 http://www.mag2.com/

Copyright(C) 2000-2002 Toyohide Nakamura All rights reserved. 無断転載禁
========================================================================


トップページに戻る  メールマガジン一覧表に戻る  次の号を見る 前の号を見る