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素晴らしい人生のために/今日の応援歌
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[102] [103] [104] [105]   2002年 2月発行分    

[102]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.02.06
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 102 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。

ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2001 vol.102--
[世界的に広がる地球温暖化]
[水の科学館見学記] ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀
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夏の盛りのお話、2題。厳寒の時期にお送りします。
原稿を頂いたのは9月ですので内容が少しずれているかもしれませんが、暑い時
期に掲載すると、すぐ「喉元過ぎれば」になってしまいそうで、じっくりとこの
問題を考えていただきたく、あえて掲載いたします。(編集子)

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9月に入り、漸く秋めいてきて、大分凌ぎ易くなってきました。それにつけても
今年の7月から8月前半にかけての日本の平均気温は、観測史上最高を記録しま
した。日本列島全体が亜熱帯もしくは、ところにより熱帯という記録的な猛暑に
包まれたのである。

日本の夏がこんなに暑いのは、太平洋高気圧が例年になく優勢な為であった。東
京の最高気温も予想では37度に達すると言われていたが、実際は35.6度に
止どまった。しかし、驚くなかれ世界の気温は日本の比ではなかったのである。
この8月、スペインでは平均気温が45度であり、何と最高気温は52度になっ
た。スペインの過去の最高気温は57度にまで達したという記録がある。

50度近い気温になると、人間の労働力の低下や活力の減退も顕著に表れるよう
になる。日本では夏の暑さは、植物や生物の生命力が盛んになるという意味をこ
めて「盛夏」と呼ばれているが、スペインの暑さは、まさに灼熱の夏という言葉
がぴったりである。

夏は暑いに決まっているが、並外れた暑さに会うと、いよいよ地球温暖化が世界
的規模で深刻化しているのではないかと思わずにはいられない。
最近では世界の屋根ヒマラヤ山脈の氷河が急速に減少し始めたと言われている。
もうぐずぐずしている時間はないのである。

地球温暖化の対策について世界各国が真剣に話し合い協力していかなければ、太
古の歴史が辿ったような、人類滅亡のシナリオを繰り返すことになるのではない
かと思えてならないのである。

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水の科学館見学記

毎日、猛暑が続き、貯水池の残高が何%という記事が紙面を飾っておりますが、
皆さん いかがお過ごしですか。

先日有明の東京都水の科学館に家内と一緒に行ってきました。
興味深い展示が沢山ありましたが、私が一番感心したのは、洗濯機、風呂、トイ
レ、台所の流しが実際に並んでいて、その前のボタンを押すと、中央に2リット
ル入りペットボトルが沢山並んでいるのですが、それぞれの使用量に応じて、ぐ
ぅ―とせり上がってくる仕組みになってるコ―ナ―でした。

そして同時に表示がでてくるのです。

洗濯機 1回 2リットル入りのペットボトルが、56本、112リットル

トイレ 1回 ・・・・・・・・・・・・・・・ 7本、 14リットル

風呂 1回 ・・・・・・・・・・・・・・・117本、234リットル

流し 1日 ・・・・・・・・・・・・・・・ 30本 603リットル

これは、非常に具体的でよかったです。思わず、家内と二人で「おぉ―っ」と驚
きの声を上げました。今雨が降らずに、各ダムの貯水残が毎日何%になったと報
道さていますが、タイムリ―な話題ですね。

喉元すぎればなんとやらと言われてますが、大きく地球全体の問題として、前回
の雨水利用とともに、真剣に考えていくべき問題と思います。

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[103]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.02.13
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 103 号】
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----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.103--
テレビ寺子屋 [考える力をどう育てるか] 教育評論家 坂本 光男先生
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10年前は、学力を上げるにはというのが問題だったが、今は子供達が何故切れ
る、それにどう対応すべきかというのが、問題視される。昔は反抗して飛び出し
ても、やがて家に帰って来たものだが、今は戻ってこなくて、どこへでも飛んで
いってしまう。そのまま悪い影響を受けてしまう。イジメにしても、隠れた所で
やったり、もうその辺でと思っても手加減をしない。トコトンやって、殺人とい
うことも、まま有る状態だ。これも大人社会の乱れが原因と思う。それと受験地
獄からのストレスだ。

今日は子供達に考える力をどう育てたらいいかについて、お話ししたいと思う。
今、大きな問題になりつつあるのが、学習拒否の傾向が出てきているということ
だ。ですから、これについて、社会、家庭の面から考えてみよう。

中学生に「将来何になりたいの」「わかんない」、「それじゃ、困るだろう」と
言えば「別に」と白けたム―ドが漂う。どう関わっていいか先生が困っている。
高校生に「勉強しなければ駄目じゃないか」と、言えば「いいんだ、どうなって
も」という返事。何か自分を見つめるとか、深く考えるということが欠けてるよ
うな気がする。関係ない、関係ないと親の言うことをはねつけてしまう。

それには家庭内の対話が重要だと思う。子供達はもともと考える力を持っている
のです。幼児から小学校の低学年の子供たちから「なぜ?どうして?」と、しつ
こい位に質問されたご経験をお持ちでしょう。
「お母さんは、どうしてお父さんと結婚したの」と聞かれたこともお有りでしょ
う。この時どう答えるかで、子供の将来が決まってくるのです。
「ボランティア精神でよ」とか「頼まれたから」とかふざけ半分で答えたりして
ないでしょうか。
子供達は真剣に、どういう男の人を選んだらいいのかと聞いてるのかも知れませ
ん。だったら、「あなた達のいいお父さんになってくれると思ったのよ」とか、
「お母さんを大事にしてくれる人だと思ったからよ」とか、二番目のは多少事実
と違ってでも、子供に夢を与えるのも大事です。そう答えてあげたら、きっと子
供達は「ああ、そうか、顔だけじゃないのだな。中身が大事なんだな」と理解す
るわけです。今マスコミでは、フィ―リングだとか、ハンサムとか、スタイルと
か、スリムだとか、表面的にことだけしか言ってないでしょう。

お父さんにしたって「お前達のいいお母さんになってくれると思ったからだよ」
「夫婦は一生共に暮らすのだから、信頼できる人を選んだのだよ」と答えてくれ
たら、子供達は「ああ、やっぱり夫婦は一緒なんだな。顔じゃないんだな」と納
得するのです。それを「釣堀で釣ってきたんだ」とか「救済対策事業のつもりで
ね」なんてふざけた答えをしてしまうと、ぶち壊しです。子供の素朴な疑問に答
えるというのが大事なことなのです。

なぜだ、なぜだと純真に聞いてきた時、どう答えたかが、問題なのです。
東北の北上山地のあるお父さんが、しみじみと家庭の対話が大事だと思いました
と話してくれました。中三の娘と、中一の男と、小六の次男と三人の子供がいま
す。ある雨がひどく降った日に、子供達と話してました。
こんなひどい雨の時は、水かさが一時にどっと増えて、山あいの渓流はとても激
しい流れになる。その時、淵に住んでいる岩魚や山女達は必死になって流されま
いとするが、一体どうするか知ってるかと問題提起をしました。
お姉ちゃんは、「きっと草むらの中に身を潜めて、流されないように草の葉っぱ
を口にくわえて我慢してるとじゃないかしら」と答えました。
お兄ちゃんは「大きい岩の陰に隠れて、じっとしてる」次男は「流されないよう
に石を呑んで、川底に沈んで我慢している」と答えました。

お父さんはそれぞれに「うん、なかなかいい答えだ。姉ちゃんも、兄ちゃんも間
違いではない。だが正解は石を呑みこんで、体重を重くして沈んでいて、やがて
水が引いてから、石を吐きだしてから泳ぐのだ。その時に、餌をつけて投げ込む
と、面白いようによく釣れるのだよ」と教えました。
すると次男が「わ―い、僕が当たった。正解だ」と大喜びでした。そして「お父
さん、ほかに何か問題はないの」とせがむようになったそうです。

こんな家庭のささいな対話から、子供に考える力を育てることができるのです。
お父さんが疲れて遅く帰ってきた時、お母さんが「お帰りなさい」と優しく出迎
えて、子供達に、「今はね、不景気だから、お父さんも大変なんだからね」と説
明したら、子供達も親を尊敬するようになってきます。

子供達に対して、ああしなさい、こうしなさいと押しつけばかりしないで、どう
したの、どうしたらいいかな、と一緒になって考えるということをもっとしてほ
しい。

孫が三人いますが、テレビに夢中でなかなか寝ない。そんな時に早く止めて寝な
さいと言っても、くそじじいとにらまれるのが落ちだ。
そんな時、「何見てるの」「うん、テレビを見てる」そんなことはわかってる。
見てるから言ってるのだ。然し、「そうか、何時までやってるのだい」「10時
までだよ」「よし、じゃあ、10時になったら寝なさい」「うん」
「おい、10時になったぞ」「あと5分だけ」・・・「よ―し、5分経ったぞ」
「うん、わかった。お休みなさい」子供達も納得して、二階に上がり、ドア―を
バタ―ンとしめます。でもそれでもいいのです。

学校で子供の喧嘩があった時、なぜ起きたのかという理由を探ることからやるべ
きだ。水道の蛇口で水を飲んでいた三年生の子供A君に、後ろから友達B君がぶ
つかって、そのA君が蛇口に突き当たり、口もとに怪我をして、何するんだと喧
嘩になった。周りに二人の男の子と、三人の女の子がいた。

先生が飛んできて、どうした、どうしたと理由を聞きはじめた。当の二人は興奮
している。見ていた二人の男の子は、B君が後ろから突き飛ばしたんだ。三人の
女の子は、「でもさっき、6年生の子が走ってきて、B君に当たったからよ」と
証言してくれた。原因がわかったら、A君が「ごめんね」と謝り、B君も「僕こ
そごめんね。大丈夫」とすぐ仲直りしました。

ただ無闇に止めろと、叱りつけたり、喧嘩両成敗はいけない。どうしてそうなっ
たか、理由をみんなで考えてから処理すべきだと思う。

親に叩かれて育った子供は、人を叩くようになる。心を傷つけられたりした子供
は人を攻撃するようになる。いつも、頭ごなしにガミガミ言われた子供は、人を
好きになれないようになる。

さて、もう一つの解決法がある。
最近の子供達は書くことが少ない。本を読むことも少ない。余りにも世の中が、
便利、便利と追及する余り、読み書きが少なくなってきている。
然し書くことは大事なことなのだ。書きながら考える習慣がついてくるのだ。

中一の男の子供が転校してきたが、全然口をきこうとしない。何日かたって、ふ
と思いついて、「昨夜、何を食べたの」と紙に書いてそれを示した。暫くして「
カレ―ライス」と書いた。「そう、甘口だった。それとも辛口だったのかな」
「うん、辛かった」そんな調子で、しばらく筆談でやりとりしていたところ、三
週間ほどしたら、「食べ物だけじゃなく何かほかの話しにしようよ」と書いてき
た。「そうか、じゃあ何にしようか」「ハムスタ―を飼っているのだけど」「何
匹だい」「三匹」「ふ―ん、可愛いかい」「うん、とってもかわいいよ」

遂に半年後には友達と口をきくようになりました。心を開いて自分の考えを人に
伝えたくなったのです。

中、高校生で突っ張りのあまり、鑑別所や少年院に送られる子供達もいますが、
そこで自分をじっと見つめる訓練をします。
自分の小さかった4、5才の頃、小学校の頃、叩かれたり、冷たい仕打ちをされ
たり、こんなこともわからないのかと、口汚くののしられたりしたことを思い出
します。

手紙を書く時などは、ずっと相手のことを考えて、思い浮かべながら書くでしょ
う。

天草のあるお母さんが中学生の息子が全然口をきかなくなった。そこでこっちか
ら、働きかけてみようと思い、手紙を書いたそうです。「稔、学校でいじめられ
たりしてはいないの。お母さんは心配しているんだよ・・・」
三日ほどたったら、息子が返事をくれた。「お母さん、俺が黙っていても心配し
なくてもいいよ。今俺は思春期なんだ」お母さんは安心したと言ってました。

読むということも大事なことです。いろんな物語を読むことによって、だんだん
と知識がついてくる。
小学生に大きな蕪の話しをして聞かせた。とても独りでは持てない大きな蕪だ。
お父さん、お母さん、子供達みんなで漸く持ち上げることができた。
やがてそのクラスでは何かする時、さあみんなで掃除をやろうよと全員が言うよ
うになった。

中学の時、木下順二の夕鶴の話しをした。鶴の恩返しの話しだ。やがて、学芸会
でそれをやることになった。ある突っ張ってる男の子が、先生、俺、鶴の役をや
いと言った。みんなが「それじゃ、おかまだ」と大笑いになった。

とにかく、読む、書く習慣をつけると、ものごとをよく考える習慣が身について
くる。

そうして心の繋がりのある、将来を見通せることができる子供を育ててあげて欲
しいと思います。

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[104]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.02.20
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 104 号】
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----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.104--
テレビ寺子屋 [江戸しぐさに学ぶ]
児童健全育成推進財団 常務理事 鈴木一光先生
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今日は江戸時代にはやった「江戸しぐさ文化」というものについて、それをどう
いう具合に作り上げ、支えて、町が栄えていったかを考えてみたいと思います。

最近の若い人達の雰囲気が違うような気がします。携帯電話のマナ―も目に余る
ものがあります。これは何も若い人ばかりではなく、大人も同じです。
大きな声で遠慮なく喋っているので、会社の背景まで判ってしまうくらいだ。

先日渋谷から品川までの山の手線の中で、私の前で、大学生らしい男女が話して
いたのですが、女性の方が、何と過去の男性遍歴を喋り始めました。深い関係を
持ったとか、とてもしつこいのとか、際どい内容を平気で口にしているのです。
さすがに男性の方が気にして「もう少し、小さい声で喋れよ」といいましたら、
「えっ、何で?だってここにいる人達は何も関係ないじゃん」とケロッとしてい
るのです。

どうも人の目を全然気にしない、というよりは、むしろ気にできないといった方
がいいようです。だから電車のドアの前や、駅の階段の所で平気で座ったりする
のです。今年の成人式での騒ぎ方など、まるで児戯に等しいといっていいでしょ
う。

自分の感情をセ―ブできない。座りたいと思ったら、所構わずベタッと座る。人
前構わず喋りまくる。声の調整ができない。周りにどんな人がいるのか。どんな
すばらしい知性を持った人がいるか考えることもしない。それがわかれば、恥ず
かしいという気持ちが起きるはずです。
これは犯罪者の心理と相通ずるものがある。金が欲しいと思ったら我慢すること
ができない。理性のかけらもなくなる。もしそれを邪魔されたら容赦なく殺す。
文明が内部からボロボロと滅びていくような気がする。

江戸時代の人は、自分の目の前の人は仏様と思えと言われた。そこで自分は仏様
に試されていると思って、最高に謙虚にならなければいけないのに、澄み切った
気持ちになれなくて、申し訳ないという素直さが求められたのだ。

しぐさというのは、心が外に表れたものだ。だからこそ、立ち居、振る舞い、挙
措動作に十分注意しなければいけないのだ。

1.言葉で気をつけなければいけないものに、禁句というものがある。刺し言葉
といって、実際にやったとしたら、罰せられるようなことは言ってはいけない。
「殺すぞ」とか、年上の人の考え方に対して「古臭い」などと、言ってはいけな
い。それはその人の過去の経歴を否定することになるからだ。そのことに気がつ
かなかったということで、「済みません」ということになる。

「有難い」という言葉は、滅多にないことが起きたということなので、約束の時
間に万難を排して来てくれたということにも、有難うというべきなのだ。

贈り物をする時に、「つまらないものですが」という言葉も、外国流に言うと、
自分でつまらないと思うものを、人に贈るとは変だと言いますが、決してそうい
う意味ではないのです。
言葉の上ではいくらでも嘘がつけます。本当に感謝して、その気持ちを表すのに
贈り物を添えてお渡しする時に、あなたから受けたご恩に比べたら、ほんのつま
らない物で申し訳ありませんがという謙虚な気持ちが、本当の意味なのです。

2.つきあい方についての心構え。これは人間関係ということです。
足組みしぐさについて。足を組むということはリラックスしているということな
ので、人前で足組みをするということは、あなたを尊敬していないということに
なり、よほど親しい人でない限り失礼なことになる。その証拠に、初対面で緊張
している時に足組みをする人はいないだろう。

頭ごししぐさは、してはいけない。紹介者を通りこして、先方の人と勝手に交渉
してはいけない。もし一人で会った場合には、必ずその内容、又は経過を報告し
なければいけない。

腕組みしぐさも、相手を拒否するという意味があるので、気をつけなければいけ
ない。むしろ両手を広げて迎えるようにしなければいけない。

目くばりしぐさも大切だ。小さな屋台のそばを食べて、わずかな16文の代金を
払う時に、一分や一朱という大きな金を出すなということだ。どうしてもそれで
払う時は、面倒かけて済まないなという目つきでしろということだ。もらった方
は、いいえいいんですという目つきで受けとめろという心構えです。

3.往来しぐさ。袖すりあうも他生の縁ということがありますが、往来でのしぐ
さのことです。ボディランゲ―ジのことです。
傘かしげといって、狭い道をすれ違う時、雨傘をすぼめて、一寸斜めにかしげる
心構えのことだ。

肩引きといって、やはりすれ違う時にお互いに肩を引きあって、通るのだ。

家康が江戸に入って50年経った頃、人口は100万だった。当時アメリカのニ
ュ―ヨ―クは7万だった。士農工商というが、農業は江戸の町の外にあり、職人
は思ったより少なくて、武士は参勤交代で入れ代わり、結局は商人の町だった。
従って商人としては、お客に嫌われては困るので、いわゆるよい人間関係を作る
必要があるので、こういった江戸しぐさというものがうまれてきたのだと思う。

初代がそれを考え出し、二代目が整備して、三代目がそれを完成していくので、
三代続いて始めて江戸っ子といわれるのだ。

男女しぐさというのは、例えば大勢集まって勉強したりするのを、講というので
すが、女は上がりかまちの近くで草履を脱いで座敷に上がるのですが、男は遠く
の方で草履を脱いで、そこから人の草履をポンポンと飛び越えて、座敷に上がる
やり方をした。

いろいろとしぐさについて紹介してきたが、現代の日本でも復活して取り上げて
いってもいいじゃないかと思う点が沢山あるのではないかと思う。

寺子屋は室町時代に寺に檀家の子供達を集めて教育を始めたもので、上方から文
政の頃江戸に伝わったものです。いわゆる読み書き、そろばんの手ほどきをした
ものだ。
商人は必然的に夫婦共働きが多かったので、両親から頼まれて教育をするわけで
すから、開講に当たって、先生は親の代わりにになるわけだから、尊敬しなくて
はいけないと話していることが記録に残っている。

だけどそんなに固苦しいもんでもなかったらしく、浮世絵や十返舎一九の作品の
中にも、とてもおおらかなものだったらしい。一枚の半紙に3,4人の子供達が
落書きをして遊んでいるのがある。

当時の教育方針として次の言葉が残っている。

三つ心・・・まだ記憶力がしっかりしていない幼児期には、ひたすら愛情をそそ
ぎ、心から優しく接してやってほしい。これはまず親達に言っているのだ。

六つ躾・・・社会に出てから生きていく時に役に立つ躾をまず身につけさせるこ
と。親からみたら子供は宝だけど、世間からみたら、ただの憎たらしいガキに過
ぎない。したがって生きるために最低の躾を六つまでに身につけさせること。

九つ言葉・・・10才になったら丁稚奉公といって、他人の飯を食べることにな
る。そこで、「お早ようございます」、「こんにちは」が言えるようになったら
その後でお世辞の一つも言えるようにならないといけない。お愛想を言われるの
は子供のうちだけだ。

文は十二・・・せめて両親の手紙の代筆位できるように、読み書きの基本を身に
つけさせること。

理(ことわり)十五で末決まる・・・理屈は理解力が十分についてきた十五位か
らでいいよ。それでその子供の将来が決まるということだ。

又別に三脱というものがある。
年齢・・・大人は若い者を差別しない。むしろ若い者を笑わせる位になれ。
職業・・・職業によって差別したりしない。
地位・・・身分の上下によって差別しない。
以上の三つを気にしない、のびのびとした町を作ろうとしていた。
これは現代の民主主義の究極の姿といっていいだろう。
かっての江戸の文化は燦然として輝いていたのだ。それがなぜ現在のような道徳
が麻のように乱れた世の中になったのだろうか。その理由が二つ考えられる。
一つは勝てば官軍として江戸に乗り込んださ薩長の手によって、もう一つは日本
の敗戦により、アメリカの占領政策によって今までの日本の良い、習慣、文化を
故意に抹殺しょうとして、強制的に禁止したからだと思われる。

江戸しぐさの真髄は相手の立場を尊重するというごく当たり前の常識的なことな
のだ。もう一度、よく考えて、温故知新の言葉通りにすばらしき、良き日本人を
とり返そうではありませんか。

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[105]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.02.27
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 105 号】
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----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.105--
テレビ寺子屋 「お父さんが叱れない理由」 教育評論家 尾木 直樹先生
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昔は父親というものは、恐いものだと思われていたが、最近ではお父さんが子供
の玩具で遊んでいたり、漫画本ばかり読んでいて、子供と友達というイメ―ジが
強くなってきている。これはある意味ではいいことではあるが、同時に問題でも
あると思う。

恐いというのは、存在感があるとか、威厳があるという意味である。従ってこれ
がないということは、極端な言い方をすれば嘗められているとも言える。

今日はそのお父さんがどのようにしたら、家庭で上手に子供を叱ることができる
かということについて話したいと思います。

そもそも、怒るということと、叱るということとは違うのだ。
怒るということは、自分が感情的になって、俺はもうむかつくぞとか、もう勘弁
ならん、腹が立ったとか言って、つい手が出てしまうというようになる。これが
往々にして幼児虐待に繋がるのだ。
一方、叱るというのは、理性的に、なぜそういうことをするのだ、それはいけな
いことなのだと、さとしながら教えることなのだ。勿論、時には「こらっ、何を
やってる」と大きな声でどなる場合もあろうが、根本的には、そういう気持ちで
やっているので、怒るということとは、明らかに違うのだ。

皆さんの中にはきっと、父親が恐かった、という印象をお持ちの方が多いと思う
が、たしかに、昔の父親には権威というか、威厳があったと思う。

歴史的に振り返ると、1975年くらいから、第三次産業、つまりサ―ビス産業
が50%を越えるようになってきた。それまでは、農業、製造業、自営業が多か
った。平たく言えば、お百姓さん、畳屋さん、豆腐屋さん、八百屋さんその他、
家族一緒に揃っての生活が殆どである。親が働く場面と、生活とが同じ場所であ
る。
実際に田んぼや畑で、朝早くから一仕事を済ませて、帰ってきて、手足を洗って
一緒に朝ごはんを家族揃って頂くとか、夜中の3時頃から、豆腐の仕込みをして
早くからお父さんが自転車に積んで、ラッパを吹きながら、売りにいく。お母さ
んは、やはり朝早くから一緒に豆腐を作り、お店にいらっしゃるお客さんに、冬
でも冷たい水に手を入れて、お豆腐を売る。

当然子供達も畑の草取りや、店番や、その他の下仕事、家事の手伝いをする。
体験で辛いことがわかっていた。その辛い仕事を黙々と、皆のために一日も休ま
ずにやってくれている、凄い父親の姿を毎日見ているから、お父さんのお陰、お
母さんのお陰で、生活ができる、学校にも行かしてもらえるというのが、よくわ
かっていた。
だからそのお父さんが、キッとなってこちらを見た。お母さんに「ほら、お父さ
んが見ているよ」と言われただけで、ドキッとしたものだ。それだけで何を言わ
れてるか、なぜ叱られてるのか、どうしなければいけないのかが判ったものだ。

又、近所のおじさん、おばさんにしても、自分の親達と殆ど同じだ。だから大人
の人に注意されたり、叱られても、割合と素直に「ごめんなさい」と謝って、言
うことを聞けたのだ。つまり今とは、まったく生活の土台が違っていたのだ。
だから、あえて親が叱らなくてもわかったのだ。身をもって教えてくれていたの
だ。勿論、それでも尚、どうにもならない不良や、悪い親もいたのも事実だ。
然し、根本的には、今述べたようなような環境があったと言えると思う。

さて、最近はあまり叱らなくなってきたと言われるが、客観的に時代の変化と共
に、環境が大きく様変わりしてきたのだ。
サラリ―マン生活が圧倒的に多くなり、家族と父親が一緒で働いてるという家庭
はせいぜい一割位と少なくなってきている。子供達の殆どが父親がどんな所で、
どんな仕事をしているか、知らないのが普通になってきている。出張や、単身赴
任、夜10時過ぎに子供達が寝てから、帰宅する。殆ど晩ご飯を一緒に食べたこ
とがない、というのが61%というデ―タがある。
加えて、給料が銀行振り込みで、お父さんがお母さんから、小遣いとしてお母さ
ん金を貰っている。これでは父親の威厳というか、権威というかを示しようがな
いと言っても過言ではない。

現在、家庭でお父さんが子供と一緒に存在している時間、ただし、寝ている時間
は別として、日本では平均3時間以下と言われている。欧米では5時間、タイで
は6時間という統計がある。

お母さんが家事、料理、洗濯、掃除等に平均して6時間、働いているお母さんで
それが4時間弱。勿論お父さんが一日働いて、夜遅く帰ってきて、同じように家
事をしろというのではない。それでは、寝る時間もなくなる。

お父さんが何か家庭の中で、機能することがないかと工夫するのが大切なのだ。
できれば晩ご飯を一緒に食べられるように努力する。あと片づけを少しでも手伝
う。育児や子供の勉強を一寸でも見る努力をする。
あるいは、子供達がお母さんの手伝いをしてるのを見たら、「偉いね。頑張って
るね」と褒めてあげる。そうやって、家族生活に絡み合っていくと、自然に夫婦
の仲がよくなり、子供の心が豊かに育ってくる。

お母さんから見て、うちのお父さんさんは、魅力的だ、いつまでも恋人のような
気分だ、お父さんのことならどんなことでも許せる、本当にいとしいと思われる
度合いは、家事、育児に参加する父親ほど高い。

子供が一人ぽっちで、恐い夢を見て泣く。一才半から三才までの幼児の心が不安
感がなくて、安定している家庭、そういうお父さんが叱ったら、本当に子供の心
に浸透するようになる。

威厳がないから、自信もない。叱れない自分が辛いというお父さん、どうぞ考え
てもらいたいと思います。

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IA magazine 素晴らしい人生のために 毎週水曜日発行(週刊誌) No.105

責任■小林 高一 ko-ko@futaba.ne.jp
執筆■ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀 LDJ04070@nifty.ne.jp
配信■まぐまぐ 0000026706 http://www.mag2.com/

Copyright(C) 2000-2002 Toyohide Nakamura All rights reserved. 無断転載禁
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