INPUT ALPHA メールマガジン

素晴らしい人生のために/今日の応援歌
<<<< バックナンバー のページ >>>>
[128] [129] [130] [131]  2002年 8月発行分    

[128]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.08.07
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 128 号】
┗┷┷┛==============================================================

●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。
ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.128--
TV寺子屋「パ―フェクト・カップル/私が小説を書いたわけ」
歌手・教育学博士 アグネス・チャン
------------------------------------------------------------------------

私が日本に来てからもう30年になりますが、今度、初めて恋愛小説を書きまし
た。今までエッセ―などは60冊くらい出してますが、フィクションは書いたこ
とがなかったんです。世の中の真実をまっすぐ見つめていくというのをモット―
としてました。去年の9月11日のテロ事件で、飛行機がビルに突っ込んでいく
ニュ―スを見て、このショックで泣きました。
こんな恐ろしいことが世の中に起きるんだ。あの時に出勤していて死んだ人達が
一体何を思い、そして又その人達を愛している家族の人達が、どういうことを考
えていたかと思うとたまらなくなったのです。アメリカはそのあとラビンをテロ
の張本人として攻撃を開始しました。テロは確かにいけないことですが、みんな
神様の子です。

私はユニセフの仕事でいろいろなところに行っておりますが、ラマダン(断食)
の時でも、空襲があり、冬がくるので、助けて欲しいとメ―ルがたくさん来るの
です。自分でも変だと思うのです。

遠い国のことなのに、なぜこんなに気になるのだろうかと考えてみたら、きっと
今まで、イスラムがなぜテロに走ったのか、勉強しようと思わなかったのか。パ
レスチナやイスラムのことを、本気で議論したことがなかったのではないだろう
か。自分の周りに起きないといいなあとだけで、人の気持ちや、自分の国以外の
ことは関係ないと思って、考えてなかったのです。

たまたま「私小説」という題名で、新曲を出したので、そのキャンペ―ンで私小
説を募集していたので、自分でも書いたらと言われたのがきっかけでした。

私もたくさんの人のことを、自分の頭の中のタンスの引き出しの中に持ってます
が、そのことをエッセ―には、本当のことだから書けませんが、小説ならいいだ
ろうと思ったのです。そしてその人達を主人公にして恋愛小説にしたら、何か生
まれるのではないかと思ったのです。

全部で九話あるのですが、最初は、援助交際の千尋という女の子が主人公です。
ブランド品中毒ですがお金がないので、体を売ることになったのです。女性雑誌
にたくさん広告が出ている。それを見ると欲しくて欲しくて堪らない。中毒みた
いになってしまった。客の一人といわゆる援助交際の関係になった。
やがて一人の青年と恋におちてから、初めて買い物をしなくなった。もっと大事
なものに気づいたのだ。ところがその青年が援交の客の息子だった。親子が喧嘩
になり、ひとりが死んだ・・・・・。結末は言わないけれど。
ここで言いたかったのは、体を売っている女の子の恋愛を通じて、もう少しそう
いった女の子達のことを分かろうとするきっかけになったらと思っています。

次は引きこもりの少年の話です。そのきっかけは、彼をいじめていた子供達が、
彼にあこがれていた女の子をいじめたので、それを助けるために喧嘩をして怪我
をさせてしまった。そのために引きこもりなってしまった。どうも私達はその子
の話題だけ避けようとする。どこが皆と違うのだろうか。もっと本気になって考
えてあげよう。引きこもりの子については、私達はどうしてもその話題を避けよ
う、避けようとする傾向がある。

第三は障害者はどういう恋をするかということです。

北京のホテルのロビ―に一人の日本人の女の子です。美人コンテストにも出たこ
とのあるきれいな子です。インタ―ネットで知り合った中国の男性です。そして
今日は、初めてのデ―トです。彼はとてもハンサムな男性です。だが耳が聞こえ
ない。喋れない。もちろん、彼女はインタ―ネットですでに知っていました。
最初は迷った。周りにそんな人がいないので、一寸不安だった。

僕は君に怒鳴らない。君も僕に怒鳴らない。僕は唇を読めるから、君の気持ちは
わかる。お茶飲みに行こうと、そうっと後ろから車椅子を押しました。彼女は2
5才で、昨年交通事故で両足が無く、車椅子に乗っているのです。北京の街には
花の香りが一杯です。一人では不完全でも、二人が一緒なら、完璧です。元通り
のパ―フェクトなカップルです。
この本の題名の「パ―フェクト・カップル」というのは、こんな気持ちでつけま
た。

国境も障害も乗り越えてと、そういうのいいなあと思うのですが、つい無意識に
自分のなかに差別する心が邪魔をして、そういうすばらしい物語りが一杯生まれ
ているのに気がついていないのです。

今までは肩に力を入れて、言いたいことを言っても、もろい面があったと思いま
す。今までは現実ばかりをわかってもらうのに夢中になって直球ばかりだったよ
うに思います。やはり変化球で、いろんな形で自分の気持ちを自分にぶっつけた
い。

46才で新しい自分を見つけた。
いままでに出会った多くの人に感謝したい。

************************************************************************
[129]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.08.14
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 129 号】
┗┷┷┛==============================================================

●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。
ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.129--
TV寺子屋[「虐待から子供を守る」 歌手・教育学博士 アグネス・チャン
------------------------------------------------------------------------

読者の皆さん、こんにちは。

今日のテ―マは非常にシビヤ―な内容ですので、是非若い夫婦に、自分達のこと
ばかり考えずに、神様からの授かりものである幼い子供の生命の尊さについて、
じっくりと考えて貰いたいと思いますので、関係ある若いご夫婦に回覧して頂け
れば幸甚です。 中村 豊秀

------------------------------------------------------------------------


今日は児童虐待という少し深刻な話です。
毎日のようにテレビや新聞で児童虐待の悲惨なニュ―スが報道されています。
今まで無かったのか、又は初めてなのか、あるいはあっても気がつかなかったの
か、それはよく分かりませんが、残酷にも蹴っ飛ばされたり、殴られたり、投げ
つけられたり、挙句の果てには殺されたりしてます。

私は前に大阪の施設を訪問したり、実際に保護された子供達から聞いたりしたの
ですが、ここで是非知っておいて欲しいことは、子供達は決して親が悪いとは思
っていないのです。自分の方が悪いのだと思っているのです。自分さえいい子で
あったら母親は怒らなかったのだ。自分さえおとなしくしていればあんなことは
起こらなかったと思い込んでいるのです。なぜかというと、生まれながらに虐-
られて、ほかの生活を知らないからです。ほかの子供たちも同じだと思っている
からです。本当に可哀想です。

児童虐待というのは、ちゃんとした定義があり、次の四つに分類されてます。

1.身体的虐待。 打ったり、蹴ったり、叩いたりすること。
2.養育の拒否や放置。 ご飯を食べさせない。洋服を着せない。学校に行かせ
ない。一人ぽっちに放ったらかしにする。
3.心理的虐待。 ひどい言葉をなげつける。お前なんか生まれてこなければ良
かった。お前は用のない子供だ。橋の下から拾ってきたのだ。
4.性的虐待。 摘発されているよりももっと沢山ある。

昨年189件立件されているが、誰が虐待して、誰が虐待されているかというイ
メ―ジとしては、育児に悩んだお母さんがしていると思いますが、実は60%が
男性です。実の父親や、義理の父親、同棲している男性などで、これを合計する
と女性よりも多くなる。

虐待される子供の方は50%が3才以下です。普通、児童虐待があると、施設で
保護されるのですが、日本では、できるだけ親元でという方針なので、なかなか
簡単には親と引き離せないようだ。
どうしてもの時は施設に引き取るが、できるだけ早く帰すようにしている。なぜ
かというと親も一緒に訓練する方針だからだ。

そこで、土曜、日曜には親元に帰して、慣らすことになっている。金曜日の夕方
迎えに来て貰うことになっているのですが、子供達は昼頃から嬉しくて、楽しみ
にして待っているのですが、必ず、親達が1,2時間遅刻するのです。しかも電
話で催促してやっと来るということがよくある。ところが月曜日の朝は絶対に遅
くならないどころか、早朝5時半か6時頃に早々と返しにくるのです。一緒にい
るのが嫌だ、一刻も早く返したいというのが見え見えです。

「それでも親元に帰すべきでしょうかね」と施設の職員から聞かれるのですが、
「私は必ずしも生んだ人がベストだとは思いません。この考えはもう改めないと
いけないと思います。専門の施設の方がベテランの職員が揃ってるし、いいと思
う」とお答えしてます。

昔は親だけが子育てをしたのではなくて、おじいさん、おばあさん、近所のおじ
さん、おばさんその他、子育ての上手な人が回りに沢山いて、いろいろ教えて貰
えたのですが、今は核家族になってるので、悩んでいるお母さんが多くなってい
る。この先進国はアメリカです。

アメリカでは児童虐待が非常に多く、それだけに対策もかなり整っているといえ
ます。現在、アメリカで保護されている児童は、58万人で、毎年摘発されてい
るのが、2万数千件といわれている。その中でこれは該当しないということも五
分のニくらいはあるそうです。
施設に入っているのは17%で、多少はお金がでるがボランティアの他人の家に
60%,残りが親戚の家に預けられている。これは日本と違うところです。

施設ではよくやっているが、逆に普通の家庭ではどうなっているのかが、わから
ないので大事なことです。そうでないといつまでも、やはり、虐待されているの
は自分が悪いと思い込んでいるし、やがて成人して自分の子供ができても、その
子供を虐待するようになる。
アメリカでは、毎年1100人の子供が虐待されて死んでいる。

日本はそれに比べて、まだ少ないようだが、日本は何事もアメリカを追いかけて
行ってるから、いずれそうなるだろうと思う。
保護対策は州によって違うのですが、私が二人の子供を連れて留学していたカリ
フォルニアでは、非常に厳しい状態です。
コンビニに友達と車で行き、二人の子供をカ―シ―トに残して、ほんの2,3分
買い物に行こうとしたら、「ちょっと待って、アグネス、子供を置いて行ったら
駄目じゃないの。このままだと、虐待だと訴えられるわよ」と言われました。
「一寸だけだからいいじゃないの」と言っても、駄目なのです。すぐ回りの人達
に通報されるのです。そうしたらすぐ私は逮捕、子供は保護されるのです。
車は動くかも知れないし、火事になるかも知れないし、脱水症状になるかも知れ
ないし、危険なものなのだ。家も全く同じことだ。火事、泥棒、ベランダから落
ちるかも知れない。

幼児を家に残して、ちょっと買い物というのも駄目なのです。寝てるからといっ
ても、駄目です。だからベビ―シッタ―というのを頼むのです。

子供は親の持ち物ではない。皆で守るものだ。親は子供を成人するまで預かって
いるものだ。町で子供を打ってるのはほとんど見られない。誰か見た者はすぐ通
報する。アメリカでは匿名希望だったら、裁判になっても通報者は保護されると
いう特典もあるのだ。子供を守るためには、他人ごとではない。もっと真剣にや
らなければいけない。

もう少し早目に保護活動をしなければいけない。勿論親元がいいと昔からいわれ
ていたが、時代は変わってきているので、もっと適切な方法をとらないといけな
い。
児童虐待をした人や、まして殺した場合など、たとえ親であったとしても、もう
少し厳しく罰すべきだと思う。大人が大人を殺した時には、何十年という刑に処
することがあるのに、子供の場合にはせいぜい二年半くらいということがある。

炎天下に車の中に子供を置きっ放しにして、自分はパチンコで遊んでいて、脱水
症状で子供を死なした時など、可愛い子供を亡くして可哀想にと、その親が同情
までされて、そのまま、返してしまうなんて、全く信じられないことです。

然し自分の不注意でやったことだし、それでなくても少子化で、子供は大事なの
に、子供の命が大人より軽いなんて、そんなことは絶対にない。もっと大事なの
だ。
なぜかというと、子供達は自己防衛力がない弱いものなのだ。自分の力で抵抗で
きない弱い者だからです。絶対に子供を殺してはいけないということを、もっと
印象づけないといけない。

たしかに反抗期などで、腹だたしい時もあるだろう。だが死ぬほど悪いことはし
ない。死ぬほど反抗することはない。もっと感情的にならずに、大人の理性でコ
ントロ―ルするのは大人の義務だ。

考えてみたら、私達は、大人が悪いことをしてるのを見た時、いきなりタバコの
火をその手に押しつけたりしますか。
投げ飛ばしたり、蹴っ飛ばしたりしますか。やらないでしょう。
なぜしないの。相手が自分と同じ大人だから、どういう行動をとるか読めないか
らです。でも相手が子供だと無抵抗だから、平気で痛めつけているのです。これ
は人間として卑怯なことだと思う。恥ずべきことだ。

もっと意識の上でも、ちゃんとしなければいけない。皆の宝だと思う。みんなで
守ると、若者も安心して子供を生めるようになる。今のままなら親になる勇気も
でてこない。大切な命だからみんなで守りましょう。
一方、親のカウンセリングも大切な問題になってます。

************************************************************************
[130]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.08.21
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 130 号】
┗┷┷┛==============================================================

●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。
ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.130--
TV寺子屋「心をむすぶスポ―ツ] サッカ―解説者 セルジオ越後
------------------------------------------------------------------------

Jリ―グができてから10年ですが、「ド―ハの悲劇」「ジォフォルバの歓び」
「フランスのワ―ルドカップ」「2002年のワ―ルドカップ」と少しづつ国民
がスポ―ツを通じて、4年に一度の楽しみになってきました。

スポ―ツ、サッカ―を通じてよかったと思うのは、子供が成長してやがて世界に
飛びだして行った時に、海外で「2002年の東京ではどうだった」とか話題が
豊富になると思う。
スポ―ツの社会での役割とか、重要性というものはもしかしたら、世界で一番大
切なものではないだろうか。
21世紀に入って皆さんが、日頃の忙しさにかまけて、社会がどう変わっていっ
てるか考えたことがありますか。
昔の人から得た知識で子供に何を伝えているか。
私は今56才ですが、子供の頃は自然の中で遊んだものでした。風のない時に凧
をあげる苦労を一生懸命考えました。竹を切りにいき、兄さんに教えてもらって
骨組を作り、飯粒を練って糊を作って紙を貼り、古い布を細く切ってしっぽのバ
ランスに苦労して、やっと凧揚げ遊びをしたもんだ。竹とんぼにしてもそうだ。
古い鉄の輪っぱを、針金の先を丸く曲-た棒を使って、上手に転がして遊ぶ。
縄跳びにしても、二人が長い縄の両端を握って大きく回す。あとのみんなはそこ
に入っていっせいに跳んだものだ。

つまり、なにをして遊ぶにしても、先ず道具を作ったり、工夫したり、皆で力を
合わせて一緒になって遊んだものです。

ところが、時代が変わった。何でも合理化、開発と躍起になってやってます。
確かに開発は大切なことはわかるのですが、果たして開発が自分の社会をどう変
えたか。だんだん人と人との出会いが少なくなる。
昔は銀行のカウンタ―で話しながらやってたのが、今は入り口のATMで自動で
処理するから、中に入るのは強盗だけということになった。

万事が機械化されて、駅の切符も自動改札、品物も殆ど自動販売機、車もカ―ナ
ビで目的地まで案内してくれる。
便利になったのは確かだが、その反面、人と人とのつきあい、出会いの場がドン
ドン無くなっていき、温もりがだんだんとうすれていくのも事実だ。

開発は物を作るが、こわしてはいけないと思う。欠けたものを埋める努力もしな
いといけない。山の樹を切ったら、また植えるようにしなければいけない。
煙をだしたら、空気を綺麗にする努力をしないといけない。魚や、動物、山菜を
全部とってはいけない。必ず又その次のことを考えて、コントロ―ルする手を打
っていかなければいけない。

人と人との会わなくなったら、だんだんと世の中が崩れてくると思う。ただ人間
の都合だけで勝手に自然を荒らして、あとは放ったらかしではいけない。

スポ―ツを通じて、自然でなくなったものを取り返すようにしていこうではあり
ませんか。バランスを取り戻そう。
一人で生活をしていると、大勢の中に入ると煩いと感じて、切れるということが
ある。慣れてないからだ。
回転寿司は付き合うための仕組みではない。周りの人がみんな敵だ。普通はカウ
ンタ―で寿司職人と客、又は友人同士が楽しく会話しながら、食べるものだ。
カラオケで歌っていても、ボックスで待ってる人はほとんど聞いていないで、自
分の次の曲の選択に夢中だ。

携帯電話にしても、むやみに子供に携帯を持たすのも問題だ。生の声での会話を
しているのに携帯を渡したら、二人をひきはなすことになる。第一、使う時は必
ず見えないところ、つまり離れたところ、生の声の聞こえないところで話してい
るではないか。道を隔てて携帯で話しているが半分は遊びだ。電話して、声が聞
こえなければメ―ルで、それで駄目なら手紙かFAXで、返事がこなかったら電
話でという順番じゃないだろうか。0120で注文するが、話すのは宅急便の人だけ
だ。
家庭や地域の崩壊は、話が纏まらなくなることから起きる。

エスカレ―タ―やエレベ―タ―など便利なものができて、体が弱くなり金を出し
てジムで体を鍛えている。全くナンセンスな話です。歩こうとしないのだ。
動物は違う。エスカレ―タ―やエレベ―タ―に乗ろうとする犬や猫を見たことが
ない。

リモコンでTVの画面が変わる。コ―ドレスの電話機。TVを見ながら、親を使
って水を取ってもらう。幼稚園にはバスが迎えにくる。全てをオ―トメ―ション
にしようとする、人間は考える動物で開発はたしかにすばらしいとは思うが、だ
んだん人間をものぐさにする面もあるということを考える必要もある。

現代の社会でどのくらい体を動かしているか。だが、今の現実はマンションで、
下に響くから静かに、じっとしていなさいといわれる。車が増えているから、当
然駐車場が増える。そこは危ないから遊んではいけない。自分で自分の首を絞め
ているような気がする。

だんだん付き合いがなくなってくる。それを埋めるのがスポ―ツなのだ。
スポ―ツは人と人とのふれあいをはかるのに大切なものだ。

私はいろいろな未開発の国によく行くが、いいなあと思うことがよくある。
木に登ったり、川で泳いだり、縄跳びをしてる。大きな声を出して遊んでいる。
自然の中でとびまわっている。一方未開発の国の人が日本にきたら便利だなあと
うらやむかも知れない。でも本当はどうなのだろう。

現に皆さんは休みになったら、都会を飛び出して、田舎に帰るだろう。綺麗な空
気、水、自然の山や、川、植物に触れて、ほうっとするのだ。東京に別荘を持つ
人はいない。東京の人が田舎に別荘をもつ。
もう一回環境を整備して、人間性を取り戻そうではありませんか。
もっとわれわれは、どんなスポ―ツでもいいから、体を動かして、人と触れ合う
機会を積極的に作っていく必要があると思う。スポ―ツは自分で体を動かさない
とできない。

************************************************************************
[131]

┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.08.28
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 131 号】
┗┷┷┛==============================================================

●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。
ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.131--
今日の箴言(五十三) ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀
------------------------------------------------------------------------

箴言というのは、中村天風先生の戒めの短い句、格言です。天風会のT―NET
というNETで毎日流しているのですが、私は木曜日が当番です。

人生は儘ならぬものと正しく自覚する時不自由や
不満というものを少しも苦悶で感じなくなる

If we rightly take life is such a world as we cannot
have it our own way, restraint or dissatisfaction will
not bring on an agony in the least.

およそ人間の苦労というものを仔細に検討すると、それは概ね自分の思うこと、
考えること、なかんずく欲求することが、自己の思うようにならぬ場合の心のも
つれから生ずる心理現象である。

しかし、考えてみよう。
お互い人間がもしもこの世が己の思い通りになる世界だとしたならば、いったい
どうであろうか?ということを。

平素人生というものを深く省察したことのない人は、あるいはそうなったら、さ
ぞや人生というものは、なんと幸福なものになるであろう!思われるかも知れな
い。

けれど、それが果たして幸福なものであろうか?
私はあえていう。
それは決して幸福なものではありえないと。多くいうまでもなく一切の事物の判
断は理論推定よりも、一番確実な「論より証拠」に依存すべきである。

------------------------------------------------------------------------

「困難」と「可能性」は実は同じ意味である。

人は往々にして、何かに失敗した時に「とても難しかったから失敗したのだ、う
まくいかなかったのだ」と思うのではないだろうか。
そう思い込んでいる人が多いが「困難」と「可能性」は、実は同じ意味である。
そんな馬鹿な、と思うかも知れませんが、これはいたってシンプルな考え方なの
です。

先ず、世の中に「可能」と「不可能」と、二つのカテゴリ―しか存在しないと考
えてみて下さい。そしてあらゆるものをこの二つのうちの、どちらかに入れて区
別しなければならないとしたら、あなたは「困難」をどちらに入れますか。
勿論「可能」の方に入れるのではないでしょうか。だって、不可能じゃないので
すから、もう可能しか残っていないからです。

言い換えれば、できるかできないかで言えば、「できる」の方に入るわけです。
ですから、あなたが何か迷っていたり、トラブルに巻き込まれていたりして、た
とえそれがどんなに困難な状況であったとしても、それはまだ不可能ではないと
いうことなのです。

困難というものを、例えば真っ黒に焦がしてしまった鍋だと思ってみましょう。
「ああ、こんなにしてしまって、もう駄目だ」と思うかも知れません。
でも、決してそこで終わりではないのです。

仮に他に使える鍋が無かったとしたら、それをなんとか使うしかありませんね。
幸い鍋は真っ黒に焦げているだけで、底に穴は開いてません。あとは洗剤とたわ
しで、何とかしてその焦げたのを落として、綺麗にすればいいのです。
そして綺麗になったら、又その鍋を使うことができます。

この時、底に穴が開いてしまって、もう使えなくなった鍋はつまり「不可能」で
すね。そして真っ黒に焦げた鍋が「困難」です。

でも自分にできること、すなわち、この場合は焦げ付きを何とか落とすことです
が、それを辛抱強くやることによって、その「困難」に包まれていて今まで見え
なかった「可能」、つまり綺麗な鍋が顔を出すのです。

うわべの困難にだまされず、その中に包まれた可能を見極めること。困難に出合
っても、それはいつも可能とセットだと思えば、もう慌てることはなくなるはず
です。

少々のことにオタオタしないで、クンバハカ一番冷静になって、上記のことにつ
いて瞬間思いを馳せて、対処してみてはいかがでしょう。きっと突破口が開かれ
ると思います。是非トライされることをお勧めいたします。

========================================================================
IA magazine 素晴らしい人生のために 毎週水曜日発行(週刊誌) No.131

責任■小林 高一 ko-ko@bb.futaba.ne.jp
執筆■ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀 LDJ04070@nifty.ne.jp
配信■まぐまぐ 0000026706 http://www.mag2.com/

Copyright(C) 2000-2002 Toyohide Nakamura All rights reserved. 無断転載禁
========================================================================

トップページに戻る  メールマガジン一覧表に戻る  次の号を見る 前の号を見る