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素晴らしい人生のために/今日の応援歌
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[136]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.10.02
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 136 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。
ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.136--
考えてみりゃあ、そりゃあいい考えだ ヒュ―マンC.C 中村 豊秀
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人間が究極の立場におかれた時に、突然パッと、発想が閃くことがあるのです。
南極越冬の時、発電係をしていた人の話です。

発電機に必要な石油の入ったドラム缶が、宿舎から離れた貯蔵庫においてあるの
ですが、だんだん太陽の照っている時間が短くなってくる。猛烈なブリザ―ドが
襲ってくるシ―ズンがやってくる。「どうしたら、あそこから燃料を取り寄せら
れるだろう。何とかしなければいかん」と真剣に考えました。

これが未来の切迫感というものです。その何とかしなければならんという気持ち
が、知識とピタッと一致したのが知恵です。

ところが切迫感と知識は、ほったらかしていては、結びつきません。結婚するた
めには仲人がいる。化学反応をおこすためには、カタライザ―(触媒)というも
のがいる。この場合それは何であるか。それが「考えてみりゃあ」というもので
す。何とかしなければならんという気持ちを、ぐうっと強く起こす。その時「考
えてみりゃあ」ということになる。これが人間に与えられた特権です。

では「考えてみりゃあ」とはどういうことかというと、今まで、こうしなければ
ならんものだ、ああするのがあたりまえだ、そうすべきだ、何だかんだという、
そういう固定観念というか、習慣があります。それをパアッと捨ててしまって、
ことの本質に返って考えることを、一口で「考えてみりゃあ」というのです。

今の場合、石油はドラム缶で運ばなければならんものだと思い込んでいる。これ
が過去の習慣です。だが欲しいのはドラム缶ではなく石油だということ、これが
ことの本質です。石油だけがス―ッと発電室の中に入ってくれればいい筈です。

ドラム缶なんていらん。その証拠にドラム缶は持って来て、又持って出ている。
欲しいのは石油だ。これだけのことが「考えてみりゃあ」です。

すると「あっそうだ。パイプだ」とアイデアが閃いた。だいたい知恵というもの
はそういうものです。これをエジソン流の発明といいます。これは言葉で説明す
ることも、人に教えることもできません。ただ自分で成功の味を占めることを積
み重ねて修行し、体得するしかないのです。

発電係が食堂でみんなに「考えてみりゃあ、欲しいのは石油だからな。パイプか
何かでずうっと運ぶことにしたら、みんなに喜んでもらえるんだけどなあ」とこ
う言いました。するとほかの者はみんな「そんなことが出来るものか」と食って
かかります。

まさにその時、西堀栄三郎隊長が「そりゃあいい考えだ」と言ったものですから
みんなが「隊長、そんなこと言ったってパイプなんかありませんよ」「そりゃ、
昭和基地にパイプのないことなんか知ってるよ。もって来てないんだから、何か
で作りゃいいんだろ」「そりゃよい考えだ」と言った手前、こう言わなきゃなら
ない。

「ハハ・・・・そんなこと言っても、基地にはパイプを作る材料なんか何もあり
ませんよ」
「君らね、内地でパイプこしらえるのと同じことを考えているから材料がないの
だ。南極へ来たら、南極にふさわしい材料を考えたらいい。外を見てみい。
雪もあるし、氷もある。雪か氷でパイプを作ればいいのだ」すると隊員が笑いだ
しました。
「ワッハッハ・・・・・隊長、そりゃあなたは氷かなんか持ってきて、ギリギリ
穴を開けて、パイプを作りなさるかも知れませんが、やっと作った氷のパイプで
石油を流している最中に、ドシ―ンと折れたらどうなさる。隊長はいつも油の一
滴は血の一滴だから気をつけろなんて言っておられるのに、ダアッとみんな流れ
てしまったらどうなるんです」

「何も折れるパイプを作るなんていってやせんわい。折れないパイプを作りゃい
いんだろ」こう言わねばならないようになってきました。
「どうするんです。折れないパイプってどんなにして作るんです」とみんながこ
う言った時には、ほぼ賛成しかかってきています。

「わしゃ知らん。知らんけれども作らなきゃしょうがない。考えてみりゃあ、折
れるということは中に何か強いものが入ってないからだろう。そうだ、繊維かな
んか中に入っていたら・・・・・おい、昭和基地に何かいらない繊維がないはず
はないだろう。ふんどしでもシャツでも繊維であったらいいのだが」こうなると
可能性が出てきました。

繊維の入っている氷のパイプを作ればいいのだ。
さあ、早速賛成者が現れました。協力者が現れました。
「包帯だったら山のようにあります。怪我すると思って、たくさん持ってきたけ
ど、誰も怪我してくれんから、一杯残っています」と言うのです。
「そりゃよい考えだ」と私は又言いました。
するとその男、パッと取りに行きました。「取りに行け」と言うかわりに「そり
ゃよい考えだ」となったほうが効果的なんです。

短い真鍮のパイプが一本ありました。そのパイプに包帯を濡らしては巻き、凍ら
しては巻き、又濡らしては巻き、凍らしては巻きしますと、氷と繊維が一緒にな
ったのがだんだん太くなっていきます。
真鍮のパイプは何回も使わなければいけないから、中へお湯をザア―ッと流して
ズバ―ッと抜く。いくらでも出来ます。
「ウワッハッハ・・・・出来ましたな。マスプロダクションですね」
その短いパイプを並べておいて、ツバをペチャペチャつけるとピタッとついてし
まう。接着剤はツバ、いくらでもあります。

とうとう石油が通りました。氷は水です。水と油は混じりません。おまけに南極
では温度は絶対にプラスにはならない。つねに零度以下です。氷は溶けはしませ
ん。石油はズンズン流れてきます。
もうみんな夜毎に、石油のドラム缶を運ぶのを、手伝ったりする必要は毛頭ない
わけです。

汚れた水があります。
風呂の汚れ、台所の汚れ、これが又、南極では始末が悪い。はじめは桶を担いで
運んだわけです。ところがジャポンとこぼすと、たちまちそこがカチンと凍りま
す。その次そこを歩くときに、さっと滑ってまたジャボンとこぼれて凍る。その
次にはズデ―ン。大変なことです。何とかしなければならない。切迫感を感じま
す。

「考えてみりゃあ、要するに水が外へ出ればいいんだ。桶でジャブジャブ運ぶ必
要はない。そんなら圧搾空気かなんかで、パッ―と吹き飛ばしたらいいじゃない
か。」

これもまたちゃんとモノになりました。

なせばなる。何でもできる。一見不可能に見えることも「考えてみりゃあ」「そ
りゃあよい考えだ」と可能にできるのです。

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[137]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.10.09
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 137 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
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----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.137--
[若い頃の夢はいつか実現する] ヒュ―マンC.C 中村 豊秀
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西堀栄三郎氏が11才の時、白瀬中尉が南極から帰ってこられて、活動写真を見
せてくれました。それには、ペンギンという珍しい鳥が出てくるし、大きな氷山
というか、シェルフ・アイス(台状氷山)が映っています。飛行機がなかった時
代ですから、全部地上から写したものですが、実に雄大な景色で、子供ながらに
心を打たれたのでしょう。いつかチャンスがあったら南極へ行ってみたいなあ、
という気持ちを持ったものです。

こうした志というか、願いというか、夢というか、そいうものをもっていると、
いつか実現の道が開けてきます。人間は生きていくうちに、必ずどこか分かれ道
に行き当たるものですが、その時、夢とか志があると、ついそっちの方を選び、
チャンスをつかむことになるのです。

西堀さんがアメリカに留学していた時、土曜、日曜の休日に何をして過ごそうか
と考え、「そうだ、南極へ行ったことのある人を訪問してやろう」と思いつきま
した。アメリカにはバ―ドさんなどと一緒に南極に行ったことがある人がいます
から、その人達に会ってみようと思ったのです。

これが一つの分かれ道といえますが、その人達に会ってみると、とても親切で、
今まで何年も付き合ってきたようです。全く人種を越え、歴史を越えて、私達は
大変親しくなりました。その中には、犬曳きがいる、コックさんがいる、そうい
う人達は「偉い人」ではありませんから、南極のことで訪ねられたこともないの
に、日本からわざわざ訪ねて来てくれたというので、とても喜んでくれ、親しく
接することができました。

又古本屋に行っても、まるで心の奥底から指図でもあるかのように、フッと手が
南極の本を取ってます。それらの本を沢山買い込んで、日本へ帰ってきました。
当時は飛行機でなく、船でしたから、荷物は多くても運賃は余りかかりません。

持って帰った本は沢山あるので、そう簡単には読めないのですが、幸か不幸か戦
争(第二次世界大戦)が始まり、ほかに読む本がなくなったので、読むといえば
南極の本ということになってしまったのです。

西堀さんが11才で志を立ててから、40何年ぶりかで、南極の話がパッと出て
きました。だんだん突っ込んで話し合ってみると、南極のことを知っとるのかい
なと思われるような人達ばかりで、ああでもない、こうでもないと言っている。

やがて、西堀さんに南極探検越冬隊長にと白羽の矢が立ち、熱心に懇願されまし
た。最初は何の資料もデ―タもないので、自信がないからと断ったのですが、そ
のうちにふと考えました。

「待てよ。確かに南極に関する完全なデ―タが無く、自信が無いから引き受けら
れないと断ったんだが、そもそも探検というのは、そこに何があるか、どのよう
になっているのかを探ることじゃないだろうか。もし完全なデ―タが揃っていた
のなら、探検じゃないじゃないか。
私は幸いにも、実際に南極探検に行ったバ―ド隊の隊員達に会って、いろいろと
話も聞いてきたし、曲りなりにも南極に関して自分なりに研究をしてきた。
一歩勇気を出して踏み出さないと、そこになにがあるか分からないじゃないか。
ある程度の予備知識を得たならば、あとは勇敢に実行を決心するのみだ」。

勇気は自信に先行する。

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[138]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.10.16
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 138 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
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ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.138--
[ゆとり教育による国語力の荒廃] 福岡教育連盟事務局長 木村 貴志氏
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8月23日の読売の一面トップに「文科省のゆとり教育修正」の一環として、ま
ず算数版の「教科書超える指導例」を公表した記事が出てますが、つい最近、福
岡教育連盟事務局長の木村貴志氏が、「ゆとり教育による国語力の荒廃」という
論文を書いておられます。

実は私は仕事柄、常日頃から、子供の教育、とりわけ話し方の乱れ、ひいては道
徳、礼儀、躾の問題に深い関心がありましたので、非常に興味深く、拝見し、ま
ったくその通りだと共感しましたので、以下に、要旨をかいつまんでご紹介しま
す。
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「ゆとり教育」とはそもそも何を意味するのだろうか。はっきりしないスロ―ガ
ンを標榜し、お互いに何となくわかったような顔をして、右往左往しながら教育
をしていること自体、すでにわが国の国語力の荒廃と、国力の衰退を示している
のかもしれない。

「教育」とはこの生存競争の世の中を、よりよく生き抜くためのものに他ならな
い。狩猟民族なら、獲物の捕り方、外敵からの身の守り方を、家族や仲間に伝え
ていくのが、教育だったであろうし、農耕民族なら、どうすれば豊作になり、毎
年の収穫を安定して得られるのかという知識と知恵の伝承が教育本来の姿だった
筈である。

つまり、生きていく上での切実さを伴う必要性のあるものとして教育は変遷して
きた。

その証拠にかって多くの日本人達が懸命に学び、残業も厭わず懸命に働き、経済
大国と言われるようになった瞬間に諸外国から突きつけられたのは「労働時間の
削減」という外圧であった。学校週五日制も教育論としてではなく、この労働時
間の削減、教育時間の削減という流れから出てきたということを、私達ははっき
りと認識しておく必要がある。

「教育問題」は「経済問題」に直結しており、「教育問題」といえども国際間の
熾烈な駆け引きに常に曝されているのである。

日本の競争相手国の一つであるアメリカでは、1960年代頃から、デュ―イに
よる進歩主義教育の理念が急速に浸透し、学力の低下、学校規律の乱れを招くこ
ととなる。
そうした教育の荒廃を立て直すべく、父母達が1975年以降「アカウンタビリ
ティ」「back to basics(基本に返れ)」をスロ―ガンに掲げ、
運動を起こした。そうした運動に後押しされて、ブッシュ政権も、クリントン政
権も、規律正しさや、勤勉さを尊ぶ教育を取り戻す政策を継続し、アメリカは教
育力を回復したのである。

その経緯を年代を追って概観すれば、連邦教育省は
1990年に「国家教育目標」という極めて具体的な教育目標を示し、
1991年には「アメリカ2000教育戦略」を発表、
1997年にはクリントン大統領が「President Clinton’s
Call」を行い、ゼロトレランス(寛容さ無しの教育)方式による学校の秩序
と規律の回復、そして学力の向上を呼びかける、という実に見事で的確な対処が
なされてきた。

一方日本ではアメリカの失敗の教訓に学ぶことなく、アメリカがかって失敗し、
教育荒廃の原因となった「進歩主義的教育」を、こともあろうに今現在も懸命に
導入しようとしているのである。

私には、三十年前にアメリカが失敗した教育政策を、日本が今熱心に導入しよう
としている理由がどうしても理解できない。巨額の借金にあえぐ日本という国家
の危機的な姿と、今の子供達の姿を直視すればするほど、その思いは強くなる。

ちなみに、「ゆとり教育」の英訳は「relaxed education 」である。「リラック
ス」の意味を辞書で調べれば、「くつろぐこと。力を抜くこと。緊張を緩めるこ
と。弛緩」と書かれている。

そう、「ゆとり教育」とは「弛緩した教育」なのである。これほど的確な訳語も
ないであろう。「弛緩した教育」がもたらすものは、弛緩した子供達であり、弛
緩した国民であり、弛緩した国家である。

1970年代以降のアメリカの教育に関するメッセ―ジは、実に具体的で、何を
すべきなのか鮮明に理解するものであった。それにひきかえ、日本の教育を取り
巻く言語空間は極めて曖昧模糊としている。

「ゆとり教育」というスロ―ガン然り、学習指導要領然り、教育基本法然りであ
る。一体何をどうすべきなのかがさっぱり伝わってこない。具体性に欠ける、明
確な像を結ぶことのできない言葉だらけである。言葉遣いがそうだから、当然の
ことながら、言葉の背景にあるべき人間観や、国家観や、教育理念なども見えて
はこない。

700兆円に及ぼうかという借金を抱え、政治家も企業も官僚もモラルの崩壊、
つまりは教育の失敗が原因としか思えないような事件を、次々と引き起こしてい
るにもかかわらず、何とも悠長な教育政策を続けていくものである。

そもそも、言語能力を抜きにして、様々な人間の能力を語ることなどできはしな
い。コミュニケ―ション能力、論理的思考力、新しいアイディアを生み出す創造
力、プレゼンテ―ション能力、あらゆる人間の能力の根幹には、言語(母国語)
がある。どれほど流暢に外国語を話すことができるようになったとしても、思考
は母国語によってなされ、後、外国語へと変換されるに過ぎないのである。
だからこそ国語が大切なのである。

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[139]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2002.10.23
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 139 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。
ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.139--
[台風に関するうんちく] ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀
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今年も多くの台風が各地で大暴れして、多くの被害を受けましたが、まだまだ油
断はできません。犠牲者の方に心から哀悼の意を表します。

知人のリコ―の松本さんから頂いた、情報をお裾分けいたします。
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9月1日は防災の日、そしてニ百十日ですね。
ニ百十日というのは立春から数えて210日目で、節分とか夏も近づく八十八夜
♪の八十八夜などと同じ仲間の雑節の一つです。
またニ百十日、二百二十日は台風襲来の特異日で統計的にも台風が日本によく来
る日なのだそうです。それが防災の日になった理由の一つですね。(もう一つの
理由は関東大震災のあった日)そこで今回は台風に関するうんちくをお届けしま
しょう。まずは基礎的な知識から

◆台風とは(定義)

台風は、熱帯低気圧のうち、中心付近の最大風速が17.2m/s(風力8)以上のもの
です。また、 中心の位置が北半球で東経180度以西、東経100度以東にあるもの
に限られます。後で述べますが違う場所で発生した熱帯低気圧はハリケ―ンとか
サイクロンとか別名で呼ばれます。
平たく言うとフィリピンやインドネシア付近で発生した熱帯低気圧の勢いの強い
(中心付近の最大風速が17.2m/s以上の)ものを台風と言います。

◆台風の発生から消滅まで

これは教科書でも習いましたので略します。一応気象庁のサイトを紹介しておき
ます→ http://www.kishou.go.jp/know/typhoon/1-2.html

ここからがうんちくめいてきます。年配の方は意外と新しくなっているのに知ら
ないことも多いですよ。

◆大型の台風と強い台風の違いは? 台風の大きさ強さについて

気象庁は台風のおおよその勢力を示す目安として,下のように台風の「大きさ」
と「強さ」 を表現します。台風の「大きさ」は、
「強風域(平均風速15m/s以上の強い風が吹いている範囲)」の半径で、
台風の「強さ」は「最大風速」で区分しています。
さらに、強風域の内側で平均風速25m/s以上の風が吹いている範囲を暴風域と呼
びます。
★台風の強さのランク付け(最大風速で分類)
ランク 最大風速
強い台風 33m/s以上〜44m/s未満
非常に強い台風 44m/s以上〜54m/s未満
猛烈な台風 54m/s以上

★大きさのランク付け
ランク 強風域(風速15m/s以上)の半径
大型(大きい)台風 500km以上〜800km未満
超大型(非常に大きい)台風 800km以上

★気象情報での表現
台風に関する情報の中では台風の大きさと強さを組み合わせて,「大型で強い台
風」のように呼びます。
例えば「大型で強い台風」と発表している場合、その台風は、強風域の半径が、
500km以上〜800km未満で,中心付近の最大風速は33〜43m/sあって暴風域を伴っ
ていることを表します。
型がなくてただ「強い台風」という場合は強風域の半径が500km未満で,中心付
近の最大風速は33〜43m/sあって暴風域を伴っていることを表します。

★基準が変わった
このような台風の強さ・大きさの基準は1962年に定められたのだが、その当時は
中心の気圧や1000ヘクトパスカル(昔はミリバ―ル)の等圧線の半径など、「気
圧中心」のものだった。(気圧が低いほど大型)
しかし、防災上の理由から、これが「風速中心」の基準にあらためられ、1991年
からは風速が使われるようになりました。(これはおじさんも知らなかった)

★何故、小型や中型(弱いや中くらいの強さ)がないの?
ごもっともな疑問です。
実は昔は強さの階級で「弱い台風」(25m/s未満)、「並の強さの台風」(25-3
3m)。大きさの階級に「ごく小さい台風」(200km未満)、「小型の台風」(20
0-300km)、「中型の台風」(300-500km)もありました。(1991年の時点)
したがって「超大型の弱い台風」とか「ごく小さい猛烈な台風」が上陸しますな
んて表現がありえました。
しかし、台風というものは、もうそれだけで被害をもたらすかもしれない(風が
弱くても大雨を伴うとか)大変なものなのだから、「弱い」とか「ごく小さい」
などといった誤解を招きそうな(油断しそうな)表現をやめておこうということ
で2000年6月以降今(上記)のようになりました。

◆台風の番号と台風名

気象庁では毎年1月1日以後,最も早く発生した台風を第1号とし,以後台風の
発生順に番号を付けています。

また、北西太平洋領域に発生する台風の呼名(各国に共通する呼名)として、
1999年までは米国が英語名をつけていました(ジェ―ン台風、キティ台風など)
が、これに代わり2000年1月1日からアジア名を用いることとなりました。
これについては以前の号(知っ得情報25号)で説明しましたね。

★アジアの各国が提出した名前を順繰りにつけていきます。(日本は星座の名前)
ここを参考にしてください
http://www.mbc.co.jp/wthr/file/taifuunamae.htm

◆台風というの名の由来

☆中国では、台風のような風を「颶風(ぐふう)」と呼んでいた。
☆昔から日本では,台風や台風のような暴風のことを野分(のわけ,のわき)
と呼んでいた。
☆江戸時代の文献には、熱帯低気圧のことを中国にならって「颶風」と書いて
いるものがあるそうだ。
☆明治に入ると英語をそのまま「タイフ―ン」または「大風」と呼ばれていた
が、明治の末期、時の(第4代)中央気象台長であった岡田武松氏が、気象用
語として「颱風(たいふう)」を定着させ、それが一般に広まった。つまり岡
田氏が英語のタイフ―ン(typhoon)を「颱風」と訳したわけです。

☆「颱風」が「台風」になったのは、1946年の当用漢字の制定以降のこと。
(颱が台になったいきさつは今一はっきりしない。発音から颱の右側だけ取っ
たのかね、台風を台湾の方から来るから台湾風といったという説もあるから台
湾の台も関係しているのかな)

◆台風と同類の呼び名

熱帯低気圧はそれが発生したところあるいは上陸する所で名前が違います。

☆台風(タイフ―ン):
台風はおもに太平洋上(インドネシア・フィリピン)近郊で発生するもので
タイフ―ンはその英語です。

☆サイクロン:
サイクロンはインド洋で発生するものをいいます。
それが赤道の北側で発生するとバングラディシュやインドを襲いますが、一
方赤道より南側で発生するとオ―ストラリアやアフリカのマダガスカル島あ
たりなど南半球を襲います。
・インド、バンラディシュ方面を襲うのが「サイクロン」
・オセアニア(オ―ストラリアヤニュ―ジ―ランド)を襲うのは「トロピカ
ル・サイクロン」と呼ばれているようです。
・また、アフリカのマダガスカルあたりを襲うのはインド方面と同じく単に
「サイクロン」だそうです。

☆ハリケ―ン:
ハリケ―ンは西大西洋(カリブ海、メキシコ湾)で発生し、中米や北米を襲
うもの。 また、北半球のアメリカの近くの太平洋(カリフォルニア湾のあ
る方)で発生しアメリカに上陸するものもハリケ―ンと呼んでいます。
大西洋側で発生しようが太平洋側で発生しようが北米大陸を襲うものはハリ
ケ―ン。

注)ウイリ―ウイり―:
オ―ストラリア北西海上に発生し、しばしば上陸して内陸地帯を進む熱帯低
気圧をウイリ―ウイリ―という。原住民語で砂漠地帯を襲う砂あらしの意。
しかし、現在はニュ―ジ―ランドやオ―ストラリア東海岸に上陸するハリケ
―ン(以前はそう呼んでいた)を含め、すべてトロピカル・サイクロンと呼
んでいる。

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[140]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
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┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 140 号】
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----------◆CONTENTS◆------------------------------------2002 vol.140--
テレビ寺子屋["何となく"は、和の心] 伊勢青少年研修センタ―所長 中山 靖雄
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読者の皆さん、こんにちは。中村です。

私は常々「同じ人の話を、大勢で一緒に聞いても、聞き手の心構えや、その時の
体調、心理条件、経験、理解力、立場によって、受け取り方、感動、感銘の度合
いが、全く違う」ということを、実際に、見たり、聞いたり、又自分自身で経験
して、固くそう信じている。

そこで、天風会でいうところの「安定打坐」の境地、つまりは無念、無心、空の
心で素直に受け止めたならば、話し手の気持ちがすぅ―っと、抵抗なく、ありの
ままに心に入ってくる。そして、あたかも、それがそのまま、自己体験のように
鮮明に心に焼きつくのだ。

できるだけ多く、そのチャンスを積極的に掴む努力をする人と、そうでない人と
は、長い年月の間に大きく差がついてくるのは自明の理である。
何故なら、自分一人の生まれてから今日までのたった一つの経験に、未だかって
想像だにしなかった、多くの人の人生経験を頂くのと同意義だからである。

同様なことは、読書に於いても、そっくりそのまま当てはまるといっても過言で
はない。時あたかも、「秋深く、灯火親しむべき候」にならんとする頃、お互い
に研鑽を積むことにいたしましょう。

久々に、中山先生の含蓄あるお話をお送りいたします。

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今年のお盆に伊勢でも家族連れがたくさんいらっしゃいましたが、こういったこ
とが続く限り、日本はまだまだ大丈夫だと思います。ああいう雰囲気におかれる
と、よくあることですが、そういう所に来なければ感じないいい雰囲気が、何と
なくあるのですが、この「何となく」という、これが大事なのです。

形が心を作っていく。心が綺麗だと当然形も綺麗になる。習い事は皆、形から入
ります。お師匠さんのしぐさ、形をよく見てそれをまねする。ちなみにまねぶ、
これがまなぶの語源となったのです。
何となく、寺子屋に来る、何となくチャンネルをまわすことがある。100%を
求めたらなんにもやらない。人間完璧はいないものだ。

講演にしても話し手が完璧だったら、聞き手は窮屈になるだろう。
実は私もこの寺子屋には1年ぶりなのです。というのも、四番目の高校生の息子
がタバコを吸って、謹慎処分になり、私も高校からタバコを吸ってますと言いま
したら、お父さんも反省の始末書を書いて下さいと言われましたので、1年間謹
慎の意味で、この寺子屋もお休みしました。

今日は日本人にとって、「何となく」の心とは一体何なのだろうということにつ
いて考えてみようと思います。

今日は浜松まで新幹線で参りましたが、満員でした。何となく嬉しいことです。
30キロ、40キロと渋滞している中を、三日か四日しかないのに、家族連れで
短い休みに故郷へ帰省する。そんなうちは日本は滅びないと思います。

ここへ久々に来るので、どうぞうまくいきますようにと、伊勢の神宮にお参りし
て来ました。

「何となく ただ何となく 何となく 心洗わる 五十鈴の流れ」

パチンコ屋に行ったら、何となく勝負の心が沸いてくるでしょう。あんなところ
で「世界の平和を祈りながら」ということはないでしょう。競馬や、競輪も同じ
です。その所で何となく思う心です。

この間、車椅子に乗ったおばあちゃんと、三人の男の子供を連れたご夫婦の六人
連れの家族と出会いました。
長男の中学受験の合格祈念のために一家でお参りに来たそうです。お母さんが子
供達に話して聞かせてました。「さあ、今日はお兄ちゃんが無事合格するように
お願いするのですよ。これはご縁がありますようにと、お賽銭として上げるんで
すよ」と優しく説明して、一人づつ、五円玉を渡しました。

ところが三男の多分幼稚園くらいの、小さい子供が、両手を後ろに隠して「僕は
持ってるから要らない」というのです。「えっ、そんな筈はないけれど。見せて
ごらんなさい」と手の平を開かせてみたら、500円玉がしっかりと握られてい
ました。
「あら、これは赤福でもアイスでも食べなさい、とお母さんがあなた達にあげた
お小遣いじゃないの。それはそのままで、この5円玉を上げるんですよ」と言っ
たのですが、「いや、僕はこれを上げるんだ」と言って、三人揃って、わあっと
階段を元気良く駆け上がって行きました。

お父さんは、おばあさんに優しく「さあ、お母さん、私が背負ってお参りに行き
ましょう」と背中を向けました。「いいえ、私はここからお参りしますから、二
人で行っていらっしゃい」とおばあさんは答えました。やがて子供達が戻って来
て、「おばあちゃん、僕達、もう少し大きくなったら、三人で車椅子を担いで一
緒にお参りしようよ」と言いました。
わあ、いいなと思いました。

やがて、長男が小さい弟が500円だしてくれたからでしょう「よ―し、今日は
僕がお前達、何でもおごってやるぞ」と言いました。ここでなければ言えないこ
とです。
お父さんは、「よ―し、これで入試は通ったも同じだ。松坂牛で乾杯だあ」まさ
にお父さんが一番楽天家でしたね。
子供達は、「僕らはカレ―でいいんだがなあ」これが何となくの世界ですね。

日本の「何となく」に火をつけようということについてもう少し考えてみよう。

○盆踊りには、誰でも気楽に入れる。でもソシアルダンスは誰でもというわけに
はいかない。
○ゆかたは誰でも着れる。でも洋服はサイズが合わないと駄目だ。
○提灯はみんなを照らす。でも懐中電灯は一点だけ照らす。
○下駄はだれでも履ける。でも靴はサイズが合わないと駄目だ。
○日本のお風呂は皆で入る。洋式のバスは一人で入る。
○日本の座敷は開けっ放しで、風鈴で涼をとる。外国は個室でク―ラ―使用。
○障子や襖を外せば、部屋は自由に広がる。布団も自由。洋式は、寝室。ベッド
も固定。
○将棋は取った駒を活かして使う・・・碁は陣取り合戦。チェスは駒取りだけ。

「みんなで仲良く、助け合い」これが日本人の「ただ何となく」の世界です。

福井県の敦賀で400数十名の人達に講演をした。多くのグル―プが全員参加で
聞いてくれました。接遇の研修や、学校のレベルをどうやってあげるか、目的は
様々ですが、組織の中の役割には立派さはない。ところがうっかりすると役割に
立派さがあると思っている。

陽の当たる役割と、陽の当たらない役割とがあるだけだ。
新入社員は足の裏。社長が顔だと思っているが、一寸考えてみよう。
風呂は必ず、足の裏から、先に入る。そして最後まで入っている。顔は一生風呂
に入れない。俺は社長だからといって、頭から風呂に入る人はいない。
役割ではなくて、みんなで仲良く生きていく生きかたが大事です。

講演で、話す方が陽に当たる役割で、聞く方が陽の当たらない役割というが、聞
く方は寝ておられるが、話す方は寝ておられない。

「花の微笑み、根の祈り」大人の根の祈りが子供に花となって咲くのだ。

今年の夏休みに、もうお母さんになったと言う若い女性が訪ねて来てくれて、こ
んな話をしてくれました。
その女性が新入社員の時、私が「根を大切にという意味で、親を大切にするよう
に」と話したので、最初に給料を頂いた時、両親と一緒に夕食をしようと思い、
そのことを話しました。そして、その夕方、親子三人でレストランでテ―ブルを
囲みました。
そして「お父さん、18年間ありがとうございました。今日は私がお礼にご馳走
しますので、何でも好きなものを注文して下さい」と言いました。そうしたら、
お父さんがぽそっと「晩飯一回ぐらいで、18年は取り返せないからなあ」と言
いました。それを聞いて、むうっとしました。
そして「ビ―ルぐらい注がんかい」と言われましたので、「はい」とビ―ルを注
ごうとした時、コップを差し出したお父さんの手を見たら、勿論夕食に出るくら
いですから、ちゃんと手を洗っているのは当然でしょうが、手の筋のところにセ
メントの粉がこびりついているのです。お父さんはセメント工場で長く働いてい
るのです。それを見た時、さっき、一瞬「いやなことを言うな」と思ったことが
何となくぐっと胸旨にきて、さっきのことが忘れられるような気がしました。

その晩、お風呂に入ろうと思って、居間を通りかかった時、両親が話しているの
が耳に入りました。
お母さんが「あなた、今日は折角、娘が私たちのために、夕ご飯をご馳走してく
れたのに、あんなひどいことを言って、駄目じゃないの、可哀想に。しかもぶす
っとして、天井ばかり見ていて、あんまりだわ。どうしてもっと楽しそうにして
あげなかったの。」となじっているのです。

すると、お父さんが、「馬鹿を言うな。俺は、もし下を見たら、涙がこぼれそう
だったから、必死にこらえていたんだ。何もわからんで文句を言うな」と言って
いるのです。
それを聞いたとたん、私はそうだったのかと、堪らなくなって、ベッドに駆け込
んで、わあっと泣きました。

いろんな場面でいろんなことが思われます。

障害者の方の詩があるのですが、

「生まれたからにはわけがある。
わけがあるから生きるんだ。僕は僕を生きるんだ」

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IA magazine 素晴らしい人生のために 毎週水曜日発行(週刊誌) No.140

責任■小林 高一 ko-ko@bb.futaba.ne.jp
執筆■ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀 LDJ04070@nifty.ne.jp
配信■まぐまぐ 0000026706 http://www.mag2.com/

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