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素晴らしい人生のために/今日の応援歌
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┠●┼┨ 発行/2003.02.05
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 154 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。
ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2003 vol.154--
テレビ寺子屋 「逆境をバネに、プラス発想」 おかむら塾長 岡村 精二氏
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20年前、6メ―タ―のヨットで太平洋単独横断に成功した、岡村氏の久しぶり
の講演です。
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昭和52年の12月に山口の宇部に帰った当初は、確かに盛大な歓迎を受けた。
朝日新聞の一面に大きく報道されたら、地方ではビッグニュ―スだった。
翌日は市役所の前に舞台ができた。片面が私の顔写真でもう一方にバスの切符が
付いた5枚綴りの記念切符が発行された。大変だったでしょうとか、すばらしい
ですねと称賛の声を掛けられたのも束の間で、しばらくしたら「次の冒険は何で
すか」「今度は何処へ行くのですか」に変わってしまったが、これは私にとって
は実に辛い質問でした。「いえ、別にどこへも行きません」途端に「何だそうで
すか」と急にがっかりするのです。

勿論就職なんて、何にもありません。だってそうでしょう、何時又何処かへフラ
フラッと出て行くか見当もつかないのですから、雇ってくれる筈もありません。
まさに異端児扱いですから無理もありません。私にとって太平洋横断よりも、む
しろ帰ってきてから5年間の方が、ずっと大変でした。

帰って暫く家でごろごろしておりましたが、翌年の4月に宇部市の広報で、2級
建築士の資格の案内がでてました。もともと、私の父は大工でしたので、私も子
供の時から金槌や鋸を手にしてましたし、第一「シンシア3世」と名付けたヨッ
トも自分で作って、それで太平洋横断した位だから、自信がありました。宇部工
専の機械科出身ですし、6か月勉強して、受験した結果無事合格しました。
職安に行きましたら、2件ほど現場監督を募集していた会社がありましたので、
その内の一つ、安達建設という所へ行きました。資本金500万、社員5人の小
さな会社でした。

社長と面接しましたら、「ヨットの岡村は要らん。これからは現場監督見習いと
して5年間スコップを持って材料を運ぶ仕事だがやれるか」と言われたので、
「よろしくお願いします」と即座に決定しました。早速友達に報告したら、
「お前は馬鹿か。太平洋横断が無駄になるじゃないか。折角工専を出てるのだか
ら、機械を使う会社にすればいいじゃないか」と言われましたが、私は少しも気
にしませんでした。

丁度その頃「シンシアと僕と太平洋」という本が出来上がり、その出版記念会が
開かれて、100人位の人が集まりましたので、その挨拶で「これからはヨツト
の岡村を捨てて、建築家の岡村としてやります」と宣言しました。それが新聞に
報道されましたら、それを見た中、高校生から12通の手紙が来ました。その内
の8通は「失望した。もっといろいろな冒険をしてくれて、僕たちの夢を満たし
てくれると思っていたのに」という内容でした。

一番ショックだったのは、安達に入って2年目のことでした。ある幼稚園の隣の
現場で、ブロック塀の土台の穴掘りを一人でスコツプを振るって一生懸命にやっ
てた時でした。3才位の男の子を連れたお母さんが通りかかって「坊や、見てご
覧、あれがヨットの岡村さんよ。遊んでばかりいるとあのお兄ちゃんみたいにな
るのよ」と言ってるのが聞こえました。その時ほど惨めに感じたことはありませ
んでした。
当時子供にとっては、冒険家は神様でした。私にとっても、堀江謙一さんや、植
村直己さんは神様のような存在でした。子供はそんな気持ちで見ているのに大人
は何と白い目で見ているのだろうと思いました。更に「俺はピエロか」とも思い
ました。その頃、小学校や中学校で「可能性への挑戦」というテ―マで講演をし
ていたのですが、それ以来、3年間パッタリと止めました。

会社もいやになって社長に辞めると申し出ました。そうしたら、目玉が飛び出る
ばかりに怒られました。「お前は1級建築士になるんじゃなかったのか。絶対に
辞めたらいかん」と夜の8時から、夜中の4時まで、8時間ぶっ通しで怒鳴られ
ました。怖くて辞められなくなりました。

結局6年間勤めましたが、3年間に3回辞めるといいましたが、石の上にも3年
とはよく言ったもので、曲がりなりにも現場監督として、私が材料を現場に運ば
なければ、大工さんが仕事ができない。私が施主さんと打ち合わせをしなければ
壁紙が張れない。俺がいなけりゃ駄目だという認められた所があって、初めて本
当の生き甲斐がでてくる。やる気も沸いてくると実感した。子供達もそうだと思
う。自分が認められているということがどんなに勇気づけられるものか。

8か所の現場を持たされて、毎朝一番に行き、掃除をすることから始まる。背中
に箒を差して、町中を歩くのにも何ら抵抗がなくなりました。
新入社員がむなしく1,2年で止めていくのが、本当に惜しいとしみじみ思いま
す。

6年目にどうしても体験を軸とする「おかむら塾」をやりたくて、踏切りました
が、スコップを手にしてやっていた時にたくさんのいいものを貰ったなとしみじ
み感謝しております。

塾の性質上、どうしても受験に失敗する子供がいる。
公立高校の平均倍率が1.5から2.5という状態でなかなか大変だった。通った
子はいいが、落ちた子が気になる。
私の好きな言葉に「花それぞれ、人それぞれ、それぞれの花を咲かそう」という
のがある。
毎回番狂わせなことが起きる。何でこの子が落ちたのだろう。又よくこの子が受
かったなということがある。

浜辺のゆみちゃんという子が高校受験に失敗した。慰めの手紙を出した。一週間
後彼女から手紙が来ました。
「先日はお手紙ありがとうございました。すぐ試験結果をご連絡しなければいけ
なかったのにしなくて、申し訳ありませんでした。やっぱり駄目でした。半分駄
目かなと思いつつ、もしかしたらと考えてましたので、それだけにショックが大
きかったです。
私は今まで世の中を甘く見ていたなと思います。今回の結果は悪い方にでました
が、よい経験をしたと思ってます。もしギリギリに受かっていたら、私は又同じ
ことを繰り返し、努力することをしない人間になったと思います。今はちょっと
悲しいけれど落ちてよかったなと思っています。これからも悲しいことがあるか
もわかりませんが、その時は先生の所に行きたいと思いますのでよろしくお願い
いたします」

たった一週間後に落ちてよかったなととはなかなか言えないものです。そしてこ
の子とはその後ぱったり音信不通になったのです。3年後の2月15日の朝10
時頃、突然彼女が訪ねてきました。そして非常に緊張した面もちで、「先生、3
年間頑張って短大に合格しました」と報告してくれました。学校から私の家まで
約5キロあります。そこを彼女がどんな気持ちで自転車に乗ってきたのかと考え
るとたまらなくなりました。すぐ学校に行って、合格発表の彼女の受験番号の前
で記念写真をとりました。

陽の当たらない役割を演じた子供達から、私はたくさんのものを学びました。
4月の半ば頃、あるお父さんが奥さんと娘を連れて塾にやってきました。そして
私に「先生、先生はこの子をどう思っていられるかわかりませんが、私は今度こ
の子が受験に失敗してよかったと喜んでいます」と切り出されました。私は塾の
立場上、一寸気まずい思いがしたのですが「どういうことでしょうか」と伺いま
した。
すると「実はこの子は今まで、勉強も運動も一生懸命にやって、人に後ろ指を差
されることは何一つやってなかったと思います。今度の受験も先生がきっと大丈
夫とおっしゃってました。それだけに今度の失敗で、3日間部屋に閉じこもって
泣き続けておりました。でも私はこれでよかったと思ってます。人の悲しみが判
る子になったと思います」と言われました。

落ち込んだ時、これが人生だ、いいものを掴むチャンスだと爽やかに失敗を前向
きにとらえて、やっていくことが大事だ。
それぞれが陽の当たらない役割を演じている時、何かいいものを貰っているので
はないかと思います。

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┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2003.02.12
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 155 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。
ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2003 vol.155--
テレビ寺子屋 「夢をかなえるタイムテ―ブル」 おかむら塾長 岡村精二氏
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森村桂という人の本で「Lサイズでいこう」と言う本の中で見つけた一つの言葉
があった。
「夢を夢のままにせず、その実現に向かって努力することが生きることだ」
見た瞬間私にとって、目の前がパッと開けたような気がした。
中三の時に読んだ堀江謙一さんの「太平洋一人ぽっち」の本に触発されて以来、
よ―し僕も太平洋横断をやろうと決心した自分にとって、正にこれだと勇気づけ
られる言葉でした。
石原裕次郎が堀江青年に扮した「太平洋一人ぽっち」という映画のラストシ―ン
て94日目にマ―メ―ドが、サンフランシスコのゴ―ルデンゲ―トブリッヂにさ
しかかった時に、「お母ちゃん、僕来たんやで―」と大声で叫んだシ―ンをいつ
も脳裏に思い浮かべていました。
それでその時のグレイの作業服と帽子をわざわざ持って行って、僕もその通りに
大きな声で力一杯「お母ちゃん僕来たんやで―」と叫んでから、一人で大笑いし
ました。
太平洋横断に関して、途中の苦労などは一切考えたことはなかった。ラストシ―
ンだけしか頭になかった。それが実現できて本当に嬉しかった。

夢の実現にはそれなりの方法がある。家を買おうと思ったら、気にいった写真を
机の前にかざって置くことだ。自動車が欲しかったら車の写真を張ればよい。
そして毎日それに向かって思いを送ることだ。

受験生が机の前に「目標何々高校合格」と大きく書いて張ったりすることは大変
いいことだ。いつも脳裏に描いていると、やがてそれが実現するものなのだ。

僕は中三の時に自分の考えを紙に書いた。
「16才で太平洋横断をやるんだと決心して、20才で高専を卒業する。2年間
船乗りで資金を溜めて、23才の4月1日にヨットで太平洋横断に乗り出す」と
書いて、その時々にやるべきことを細かくその下に書きました。実際に出航した
のは5月17日でしたが、目標から1か月半しか狂ってなかった。

夢を実現する方法

第一に明確な目標設定をすること。将来何になりたいかと、早目に目標を決める
ことだ。そうして写真なり、パンフレットなりを取り寄せることだ。
車が欲しかったら、ディ―ラ―に行って、大きなポスタ―を貰ってきてデ―ンと
張ることだ。

第二にはっきりと期日の設定をすること。結婚したいと思ったらいつ結婚するか
日にちを決めることだ。それから彼女を探せばいい。次に式場も決める。予約金
も10万位払い込む。人間はリスクを背負わないと頑張れないものだ。
鹿児島に今給黎(いまきいれ)京子さんとという有名なヨットで世界一周をした
女性がいらっしゃるが、彼女がある日相談に来ました。その時「私は5月15日
に出航するのですが、何かいいアドバイスを頂だけますか」と言われました。
何人か相談に来るが、したいと言う人はしないものです。するんだと言う人は必
ずするものです。

もっと大事なことは、強くイメ―ジすることだ。自分のやろうとしていることが
成功した場面をはっきりとイメ―ジすることだ。ゴルフをやる時は尾崎か中島に
なったつもりでやること。
女性が美人になりたいというのは止めた方がいい。なぜなら美人になりたいと思
うことは、裏を返せば私はブスだということだ。自らがブスだと思っていたら、
絶対に美人にはなれない。本当に美人になろうとしたら、鏡を見て、「私の目も
とは可愛いじゃない。口もともすばらしい」と褒めて上げるといいのです。
但し、小さい鏡がいい。大きい鏡だと全身が見えるから止めた方がいい。

私は現在46才です。死ぬまでの人生のを考えて見たいと思うのです。その時一
番大事なのはいつ死ぬかと決めることです。私は89才で死ぬと考えています。
あと43年です。書いてみたらよくわかるのですが、せいぜい15年か20年先
位しか書けないものです。だんだん具体的でなくなる。実は35才の時にこの計
画を立てたのです。その時からみたら、すでにもう11年分死んでいるのです。
あと残された43年がとても大事に思えてきます。一日一日、今を大切に生きよ
うという気持ちが起きてきます。ゴ―ルを決めたら砂時計いつまでもそのままと
いうことはないですね。

具体的には向こう5年位をできるだけ着実に描いたらいい。イメ―ジが描けるよ
うに写真やデ―タをしっかりと書き込んだり、張り付けたりしたらいい。

結婚10周年の時は、ロスアンジェルスに旅行をすると書いていたら、当たっち
ゃったのです。ある時計メ―カの新聞の折り込みを読んでいたら、その隅っこに
「ヨ―ロッパ一週間二人ご招待と書いてあるのです。それが私の目に止まったの
です。その瞬間、耳もとに「ハガキを書いてすぐ出せ」と聞こえて来たのです。
すぐ出しました。そうしたら当たったのです。
パチンコでもそうです。めったに行かないのですが、たまに行くとどれが出るか
全然わからない。その時は一応ぐるっと回ってみるのです。そうしたら、聞こえ
てくるのです。「座れ、座れ」そこへ座ったら玉が出るのです。

しみじみ神様はちゃんと判ってくれるものだなと思いました。私達の結婚記念日
は11月11日なのです。そしてそのヨ―ロッパ旅行は11月12日から18日
の一週間なのだったのです。これ偶然とは思えないのです。

書いていると段々元気が出てくるのです。元気が出ると又夢が沸いてくるもので
す。ぜひ皆さんもやってみて下さい。

かって森村桂さんに聞いてみたことがあるのです。「もう一回やってみようかと
思うのですが」と言いましたら、「それはお止しなさい。最初は10年間大きな
思いや真剣な願いがあったから、神様がきっと味方をしてくれたから成功したの
だと思う。二回目はそう簡単にはいかないから」と言われました。
たしかにそうだと思いました。

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[156]
┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2003.02.19
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 156 号】
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●人生を生きていくとき、くじけそうになることはありませんか?
人生が素晴らしいものであるよう、素敵な言葉の応援歌を送ります。
ぜひ、お読みになった感想をお寄せ下さい。ほんの少しの言葉で結構です。

----------◆CONTENTS◆------------------------------------2003 vol.156--
TV寺子屋「頭のよい子を育てる親のあり方」全国児童館連合会 鈴木一光先生
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結婚して10年目位になるご夫婦。若い時に結婚を決意する前後に恋愛して結婚
をと思っていたのと、結婚して10年位やってくると、大分理想と現実が違うと
うことがあるでしょう。第一結婚は両性の合意で成り立つと考えていたが、実際
は結婚すると相手の親族がぞろぞろと付いてくる。こことの折り合いで苦労した
方もいらっしゃるのではないですか。

結婚して、まあまあ大体10年位続いた夫婦は、実は夫婦の知能指数が一緒なん
です。知能指数と価値観が大体一緒だとうまくいく。価値観とは細かい手段の方
法とかいうのではなくて、世の中でお金が大事だとか、それともきちっとした愛
情生活の方が大事とかいうもので、別に趣味が違っていても関係ありません。

知能とは記憶力というのも知能の一つです。能力を計る一つです。
それから判断力。いろいろある条件の中でどれが一番いいか選び出す力です。
最後に想像力。今持ってないものを想像したり、どうやってそれを手に入れるか
です。料理でも、どうしたらもっとおいしくなるだろうか、考える力。

この三つを一般に総合して能力といっている。

高速道路で料金所に来たら「うわあ、大変だあ、どうしょう」と驚く人がいる。
然し、その隣りに座っている、知能指数の高い奥さんは「この人馬鹿じゃじゃな
いの。何を驚いているの。いつも通ってる道路じゃないのに」という。
ところがこういう時に、奥さんが一緒になって「ああ本当ね。どうしましょう、
どうしましょう」と言ってくれるとそんな夫婦関係が長続きするのです。

問題なのは、そんな同じ知能指数同志の夫婦が作った子供は、能力はDNAから
言っても、同じ能力の子供が生まれるのは当たり前のことなのです。動物として
の人間も親のレベルまで子供を育てられたら、それでいいのです。

タンポポが蘭の花を見て蘭の方がいいなと考えて、タンポポなのに蘭にふさわし
いものにしよううとしても、無理ではないでしょうか。そうすると蘭でもない、
タンポポにもならない、変なものに育つということが、往々にしてあると思いま
す。
ところがこんな風に子育てをしようとしている人が多いのではないでしょうか。
これはタンポポにも、蘭にも、おのおのが自然に育つ環境、気候風土があった存
在価値があるのだということを忘れている社会も一寸よくないと思います。

さっき能力が一緒だと言った時、笑ったり、えっと思ったお母さんの心理分析を
すると、主人と私の能力は違うと思っている人です。しかも自分の方が主人より
高いと思っていた人です。

じゃあその能力がどういう風に伝わっていって、どう子供が育てていくかという
と、よくトンビが鷹の子を産んだと言いますが、あれはDNAは一緒なのです。
お父さんとお母さんの能力も、たまたま貧しくて恵まれずに隠れていた。そこへ
たまたま子供の能力を見つけてくれる篤志家とか、すばらしい先生が現れて、子
供の能力を引き出してくれた結果、法外に子供が出世をしたということをいうこ
となのです。鷹がもともととんびのふりをしていたのです。
とんびは鷹を産みません。これは十分肝に命じましょう。自分ができること以上
のことを子供に望むのは止めましょう。そこには無理がある。
自分がピアノも弾けなくて、子供にモ―ツァルトやショパンを弾かせるというよ
うなことは、不可能です。だめだということではありません。

子供をそうさせたいなら、そんな環境が大事です。家族が集まった時、「一寸お
父さんビオラを弾いて、私はピアノを弾くから、私の実家の弟にバイオリンを弾
かせるから」というようならいいのだが、子供も早く仲間入りしたいから、それ
に引かれて僕もピアノをやりたいとなるのです。

一方、そんな時「お前何歌う、都はるみ、おれは北島三郎、それで子供はベ―ト
―ベン」というわけにはいきません。別にクラシックが価値があって、演歌が無
価値というわけではありません。要は親の生活の仕方があるところに、子供が同
じ仕方があるということです。

そういうことをずっと考えていく時に、今日は一つ大脳生理学という勉強をした
いと思います。これは頭の構造がどうなっていて子供がどんな風にものを認識し
たり、憶えていくか、勿論これは大人も同じですが、これを研究することです。

スペリ―というアメリカの大脳生理学者がいます。この人は大脳には左脳と右脳
があり、それぞれの働きが違うということを発見した人です。
脳の機能分割論でノ―ベル賞をもらってます。
右脳は体の左側をコントロ―ルし、左脳は同じく体の右半分を受け持っている。
だから右脳が障害を起こしたら、体の左が麻痺してしまう。左脳もまったく同じ
原理です。そこで右利きの人が多いので、左脳がやられるとダメ―ジが大きいか
ら、左脳の方が優秀なのだということが言われた時期がありましたが、実は両方
とも重要性においては、まったく同じです。

右脳の役割は(非言語系)です。言葉で表すには不適切な感覚を司る。
色、形を識別する。立体感、感情、芸術、想像する。創造する。
左脳の役割は(言語系)です。言葉でで表し易い感覚を司る。
聞く、話す、読む、書く、計算、論理的思考、分析、構成。

その二つを脳梁というもので繋がっていて、左右の連係をとっています。約二億
本ある。女性の方が少し太いそうです。

赤ちゃんの目が開いて、見えるようになった時、初めて見た動くものを鳥や動物
は自分の親と認識することを刷りこみといいます。人間は2,3才の時の体験と
いうものは骨格に染みこんでいくものです。

そこで初めて例えば犬を見たとき、まず右脳で形を認識します。同時に親に抱き
かかえられている親から「ワンワンよ、ワンワンよ」と教えられるわけですが、
その時はまだ不確かな言葉が左脳に入るわけですが、まだボヤッとしてるわけで
す。そんなようなプロセスで、いろいろなものを形で認識して、それを何という
かを言葉によって、左脳で確認していくわけです。だから母親が方言で言うと方
言で覚えていくのです。英語で言われたら英語で覚えていくものです。

さてその時に大事なことは、感情も一緒に移入されていくということです。
母親が犬好きな人で「ほらほら、可愛いでしょう。あなたも足を嘗めてもらって
ごらん」というように言ったら、子供も犬に対して好意を持つ。反対に犬嫌いな
母親だったら、「ああ、怖い怖い」というような態度で接するでしょう。すると
子供も固くなった気配で自然に犬嫌いになる。

学校に入ったらもうワンワンじゃおかしい。犬というのだ。英語ではDOGとい
うのだ。とだんだん覚えていくものだ。

同様に父親が飛行機を大好きで、パイロットになりたかったのだとか言いながら
子供に話すと、子供も好きになる。反対に暗い父親で「あんな大きな鉄の固まり
が空を飛ぶなんて信じられないのだ。もし墜落したら、一度に500人も死んで
しまうのだ」ということを言ったら、やはり子供も嫌いになる。

こういうパタ―ンで一緒に入るということが重要なことなのです。だから子供に
好かれる先生の授業を子供がよく聞き、その成績が上がっていくのは当たり前の
ことです。
子供に好かれて、尊敬されて、その人について行こうというような感化力を持っ
た親や先生というものが、いかに大事なことかがおわかりになったと思います。

そう考えると、人間の幸せを考えると、右脳の充実した方が幸せだということで
す。今世間では左脳のことを盛んに追及しているようだが、ある意味でこちらは
ブレ―キのようなものです。それに反して右脳の方は、アクセルのようなもので
それいけどんどんのような生き方といえるのです。

結論は左右の脳のバランスをとっていくことが大事です。だから感情を意識して
子供に接していくことが必要になるわけです。母親が嫌いなものは子供も嫌いに
なるのは当然のことですから。

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┏┯┯┓input-alpha/mail magazine ( 10 ) =============================
┠●┼┨ 発行/2003.02.26
┠┼○┨ 素晴らしい人生のために/今日の応援歌 【第 157 号】
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----------◆CONTENTS◆------------------------------------2003 vol.157--
テレビ寺子屋[生きる力をはぐくもう] 自然暮らしの会会長 清水 光男先生
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昔から文部省、今は文部科学省が「子供達に、逞しく生きる力をはぐくもう」と
言われます。これはきっと今、生きる力が無くなっているから、「お前たち、頑
張って進まんかい」と気合をいれて、子供達にその力をつけさすようにしよう、
ということだろうと解釈していいのでしょうね。

実際、最近は大人に向かって近付いて来いよと言っても、なかなか素直について
こようとしない。
ところがよく考えてみると、肝心の大人自体が、前に進んで行こうとしてないよ
うだ。いやそれどころか、逆に前に向かったまま、じりじりと後ろに下がってい
ってると思う。

もうすっかり駄目だ、年は取りたくないもんだね。若いっていいもんだね。もう
一度子供の頃に戻りたいなあと、盛んにぼやいてます。若作りに必死になってい
る。それを聞いた子供達が、「何だ、大人たちも戻ってきたいと言ってるじゃな
いか、じゃあ大人って大したものじゃないらしいぞ。何も急いで大人なんかにな
る必要はないじゃないか」と思うのも無理ないと思います。

だったら、親がどんどん前に進めばいいのだ。すると一番前の人が「こらこらそ
んなに押すなよ、落ちるじゃないか」というかもしれないが、何、慌てることは
ない、すぐわれわれもその立場になるのだ。

人は誰でも「健康で、楽して、長生きしょう」と思うものだが、問題なのは、楽
して、ということだ。ここにひっかかって停滞しているようだ。つまり、楽だけ
ど、かならずしも、楽しそうではないということは、よくあることだ。

じっとしてるのが楽だからといって、年寄りだから、じっとしていなさいとよく
言うが、部屋の真ん中で、寝たきりで、す―す―と息だけして、長生きだけする
のに、何の意味があるのでしょうか。

細く長く、レングス・オブ・ライフは長さだけが問題だが、一方にクォリティ・
オブ・ライフ、つまり楽しい、質的な人生というのも考えてみたらどうだろう。

楽するよりも、楽しんでもらいたい。私の母が年を取って、歯が全然無くなった
ので、チュ―ブを入れて、流動食にしたのですが、その瞬間に、味わう、食べる
楽しみを無くしてしまった。「これで、楽に食事ができるようになってよかった
ね、楽しい」と言ったら「アホ―、楽しゅうないわい」とどなられました。

みんな単純に、ただ楽だけの追求をしているようですが、楽しみの前提条件とし
ては往々にして、しんどいとか、疲れるとかが伴いますが、それだけにそれを乗
り越えた後の楽しみが一入と言えるのではないでしょうか。

立っているより座っている方が楽です。本当に楽しょうと思ったら、寝ていたら
いい。でも寝た切りが本当に楽しいですか。勿論、そんなことはないですね。

もしかしたら、楽ばかり追いかけて、寝たきりを目指して進んでいるのではない
でしょうか。

何度も言いますが、ともすれば、しんどい、臭い、暑いのはいやと言いますが、
楽しいことの手前は概ね辛いものです。

確かに富士山をテクテク歩いて登るのよりも、ヘリコプタ―で一挙に登る方が体
力的には、はるかに楽なことはわかっている。
然し、苦労して頂上を征服して、ご来光を迎える、その喜びと比べてみて、どち
らが楽しいか。親が楽しよう、楽しようとしているので、子供にもそれが反映し
て、やがて世の中の価値観が、楽に向かっているような気がする。

前を歩いている人が、人生を楽しいなと思いながら、元気よく生きていて、やが
てポタッと直角的に死んでいく。大人がそういう生き方をして見せてくれたら、
後に続くものが、われわれもあんなように楽しく生きてみたいと思うのではない
でしょうか。

そうしたら子供も早く大人になって、楽しもうとついてくると思うのです。

カナダで暫くいたことがありますが、90才を越した老人がいましたが、昼間は
モ―タ―ボ―トを乗り回し、夜はディスクを若者と一緒になって踊り狂っている
のですが、何よりも驚いたのは、フライフィッシングというのですが、長い竿の
先から釣り糸をびゅっびゅっと振り回し、その上に水面スレスレにルワ―を微妙
に震わすのです。そして見事に魚がかかったら、リ―ルをクルクルと巻き上げて
見事に釣り上げるのです。私も何回かトライしたのですが、残念ながらどうして
も歯が立たなかったのです。周りの観光客はそれを目当てにしてやってきて、魚
が釣れたら、一斉にブラボ―と喝采を送る。

まさに、かっこいいの一語に尽きますね。一番でかい魚を釣り上げて、そのまま
パタッといってもいい、楽しまなきゃ損やという気構えです。私達も見習うべき
だと思います。

今日やるべきことは、必ず今日やること。そのかわり明日やるべきことを、無理
やりに、忙しい思いをして、今日やることはない。それよりも今を精一杯楽しん
で生きることが大事だ。

私が親子の野外キャンプ教室で、折角楽しいことをし指導しているのに、大人は
暗い所で、ボウッとして座っているだけなのです。それを子供が見たら、あんな
大人にだけはなりたくないと思うのです。

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IA magazine 素晴らしい人生のために 毎週水曜日発行(週刊誌) No.157

責任■小林 高一 ko-ko@bb.futaba.ne.jp
執筆■ヒュ―マンコミニケ―ションセンタ― 中村豊秀 LDJ04070@nifty.ne.jp
配信■まぐまぐ 0000026706 http://www.mag2.com/

Copyright(C) 2000-2003 Toyohide Nakamura All rights reserved. 無断転載禁
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